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コロナ後の世界

キーノートスピーカー
内田樹(思想家)
ディスカッション
波頭亮、伊藤穰一、島田雅彦、神保哲生、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

西川 今後、医療や医学研究のスタンスがどうなるかが気になっています。ビオンテックに3兆円、モデルナに1.5兆円と資本がグローバルに動いた一方で、医療はそれぞれの国内で行われます。

内田 医療とグローバル資本主義が結びつくとひどいことになります。いま世界の巨大企業のトップの方は製薬会社が占めています。私企業が人類の健康と命についての決定権を握っている。

西川 最新の論文を読んでいているとSARS型のコロナウイルス、コウモリまで全部殺せるような薬をつくる方向性になってきています。レムデシビルの代わりに、モルヌピラビルという素晴らしい薬が10月頃には出てきます。この薬は健康な人が飲むことができて、体内でウイルスの変異を促すことでウイルスを殺します。

イギリス、アメリカで承認されたカクテルと呼ばれている抗体はあらゆるコロナウイルスに効く薬です。メインプロテアーゼについてはファイザーやシオノギも取り組んでいます。コロナウイルスにかかったとしてもタミフルのようにこれら4つの薬を使うことが出来るようになります。

しかし、肝炎ウイルスの治療に40万円かかるように、レムデシビルの利用にも30万円かかります。製薬に関するグローバルな寡占体制が生まれていますが、アフリカの国がこの薬価についていけるとは思いません。こうした事態の行方が気になっています。

内田 先進国の10か国程度が競合しながら自前でワクチンや治療薬を開発する仕組みの方がいいと思います。寡占体制・独占体制によって私企業が人類の命を握ってしまうというのは本当に危険なことです。

波頭 経済活動には成長論だけでなく分配論という側面があります。同じ量の生産物をどう分配するかによって国民経済の総合的な豊かさは大きく変わります。資本主義は貢献の度合いに応じて分配されることが基本原則ですが、そこにマルクス主義的・公共経済的な分配の価値観の基準を持ち込むことで世の中の様相はドラスティックに変わると思っています。

モノを効率的・合理的に算出することに関しては資本主義の市場メカニズムは素晴らしいと思いますが、分配の側面で資本の利得に寄り過ぎています。貧乏な人でも道路を利用したり小中学校に通えたりするように、健全に生きていくために必要な産出物が平等の原則に従って分配されるようになれば、世界は大きく変わると思います。

西川 医療においては命が担保にされて市民概念が消えるという状況が生じます。

波頭 医療と食料は貢献に応じた分配ではなく、平等主義的な分配をするべきです。そのために政治があり政府があると考えています。どのように分配に対する価値観を変えられるかが鍵です。

山崎 再分配の傾斜をもっときつくすべきだと思います。

神保 日米の政治をみてきましたが、経済が成長している時は成長の果実をどう分配するかを巡っての政治論争がほとんどです。平等・均等な分配を主張する勢力と、競争原理を持ち出す勢力に分かれた論争です。成長がマイナスになってくると、負の成長をどう分配するかが政治の役割になってきます。

より公明正大でフェアな政治家はマイナスであったとしても均等な分配をしようとします。そうすると政治的には著しく不人気になります。どれほど小さなマイナスでもマイナスを蒙るのは誰しも嫌だからです。人気を取りやすいのは、特定の弱者に負の分配を押し付ける政治家です。

自民党は、25%程度の支持率で3分の2の議席を確保して政権を維持しています。ただ比例をみても小選挙区をみても2008年に民主党に負けた選挙の時の自民党の比例得票を上回ったことは、安倍政権になってから一度もありません。

公明正大で民主的な政治を行うと、みんなから不人気になってしまうので、特定の弱者に負担を押し付ける非常にむごい政治的主張の方が、政治的には有利になっています。みんなで負担をちょっとずつ分け合おうというメッセージを出すと、それが結局は全体の最大利益になるということがよほど上手に発信されていない限りは、その政治家は不人気になってしまうのです。

トランプ政権と安倍政権に共通しているのは、特定の弱者に負担を全て押し付けるということです。自分の鉄板の支持基盤だけは優遇することで政権を維持できるということが、日本でも明らかになってしまいました。

波頭 上位2割に負担増の8割を押し付けようという政党が勝てないのはなぜでしょうか。

神保 一つは、自民党がこうした政治を行っていることは通常のメディア環境にいる人は知らないためです。例えば所得税と住民税を合わせた最高税率は、かつての日本では9割近くありましたが、いまはその半分近くになり、法人税も下がっています。日本では減税が進んでいて国民負担率がアメリカ並みに下がっていること、つまり格差を助長する政策が意図的に推進されていることは、通常の報道番組では取り上げられません。

波頭 メディアは確信犯なのでしょうか、それとも実態が分かっていないのでしょうか。

神保 かつては確信犯でした。本当はダメだけど仕方ないという風に長い物には巻かれよう的におこなっていました。でもそうした報道の在り方を続けているうちに、番組制作のレベル自体が下がってしまいました。

波頭 それで20代が自民党に投票するわけですね。

神保 そうですね。ただ20代の自民党への投票数は多くはありません。20代の投票率が低いため、自民党の得票比率が高くなっているのです。自民党の鉄板な支持基盤はどの世代でも同じような数なのですが、20代は投票比率が低いために自民党への投票割合が高くなっているのです。

波頭 20代の中で投票する人は比較的問題意識が高い人ですよね?

神保 そうだと思いたいですが、投票結果を見る限りそうではないようです。

島田 自民党支持を決めている人しか投票に行かないということですよね。

神保 もちろん問題意識を持っている人もいますが、その数はむしろ20代は少ないのです。60代や70代と比べて20代の人口は半分くらいで、投票率も半分くらいです。しかも地方へ行けば行くほど高齢者の数が多く、一票の格差もあるので、いわば三重苦的な状況です。それらを含めても20%の得票率しかとれていない自民党の支持基盤は実際には脆弱です。安倍政権の8年間は野党の自滅でした。自民党の投票数は民主党に敗北した時よりも減っているのに、野党がもっと落ちているのです。

自民党はこのことをよく分かっているから自らの支持基盤を非常に大事にしています。特にいま新しく出てきた細田派や麻生派は元々は傍流で、保守本流と言われる宏池会や経世会よりタカ派です。この8年間で増えた百数十人の自民党議員は細田派や麻生派の下で当選したわけで、党の座標軸が右に移っています。一部の自分たちの支持層だけを大事にする、市民概念が希薄な人たちが大量に自民党議員になっているのです。

ただ今回のコロナでそういった人たちの評判が非常に悪くなりました。生死の問題になって市民が覚醒したため、今回の選挙では自民党の大敗は間違いないでしょう。

波頭 自民党が単独過半数を割った時に、野党の大連立は可能なのでしょうか?

神保 当初は維新と国民を足すことで、たとえ自民と公明で過半数を割っても何とかなるだろうと思っていたでしょうが、それでは次の参院選で大敗してねじれてしまうかもしれないとなった。そこで抜本的な話として出てきたのが大連立の話です。

波頭 もし自民側が連立でも過半数を割るのであれば、なぜ野党側は大連立を考えないのでしょうか。

神保 立憲でさえ共産党に対するアレルギーがまだ残っています。

波頭 立憲民主党は共産党と一緒に野党で大連立するよりは、自民党と大連立する方がよいのですか。

神保 いま出ている大連立の話は、自民党からすれば共産党も切れるし、維新も切れるという話です。共産と組むと自分たちの支持者が離れると立憲はみています。その先どうなるかは全く見えない話です。大きなものが二つに割れてくれた方が、政権交代への近道かもしれません。

島田 理想は共産党とれいわが連立で政権を取っちゃうことですね。

神保 れいわと立憲が組むことが難しいです。れいわからすれば立憲は考え方が半分与党のようなもので、特に財政政策で山本太郎氏はMMTを推していますから。

山崎 国民国家の再強化によるナショナリズムの健全化を考える上で、アメリカとの関係はどうなるでしょうか。日本で右と言われる人たちはアメリカにべったりですが、アメリカは先の戦争で負けた相手です。そのアメリカをバックに威張っているのが日本の右ですが、そのアメリカが台湾を捨てるという議論が出てきていているのですから、日本も捨てられるかもしれません。でもいまはアメリカと仲が良いということが日本の支配層の精神的な支えになっているようです。

企業に例えれば、日本はアメリカの子会社だと考えると分かりやすいです。アメリカが親会社で安保条約や地位協定が上位にあるのに対して、日本国憲法はいわば子会社の定款です。子会社の社員からすれば、定款があるから戦争に行けないといった形で定款にも使い途はあるわけですが。

子会社のような立場で国を運営していくことは、健全なナショナリズムの育てることを妨げるのではないでしょうか。なぜアメリカを憎まないのか、いつまでアメリカに対する依存を続けるのか。こうした点について今後はどうなっていくでしょうか。

内田 僕は国家主権の回復、対米独立を主張しています。ばらばらだった地球人がまとまるとしたら火星人が襲ってくる場合であるのと同じ理屈で、日本人がまとまるとしたら外側に仮想敵国を想定しなければなりません。それはもちろんアメリカです。日本はアメリカにぼろ負けして、国家主権を奪われ、国土を半永久的に外国軍によって占領されている属国状態に置かれているわけです。外交でも、安全保障でも、エネルギーでも、基幹的な政策は全てアメリカの許諾を得ないと実現できない。

日本に健全なナショナリズムを打ち立てるためには、まず「日本は国家主権を持っていないアメリカの属国である」という事実を国民が共通認識にする必要があります。そうしないと、全国民にとっての最優先課題が「国家主権を回復すること。主権者になること」にはならない。

波頭 賛成です。先日そのことを卒業という言葉で語ってくれた方がいました。もうそろそろ大人になったのだからアメリカから卒業しようというのです。

内田 安倍政権のロジックは、「日本はすでに国家主権を持っているのだから主権回復のための努力は不要である。国内に米軍基地があるのは、日本が米軍にお願いしているからであって、外国軍が駐留しているということそのものが日本の国家主権の発動なのである」というねじれたものです。

そのねじれはみんな気が付いてはいます。日本の自民党のタカ派の連中は要するに戦争ができる国にしたいわけです。でも今のままだと「アメリカの許諾があれば、アメリカ以外の国と戦争できる国になれる」というのが限度です。もし彼らが本当に大日本帝国に対して深い懐旧の念があるなら、大日本帝国を再建したいのなら、「アメリカを含めてどんな国とでも好きな時に戦争で出来る権利」の獲得を目指すはずです。でも、それは口には出せない。それを言ったとたんにアメリカによってその地位を追われることがわかっているから。だから、権力の座にとどまるために必死で対米従属するのだけれど、その努力の最終目標が「アメリカを含めて、どの国とも戦争できる国になること」だということは意識化されない。その抑圧が、彼らの思考を停止させているんです。
僕としては彼らにも自分の欲望を自覚して欲しいわけです。日本は属国であることを認め、自分たちが属国の代官に過ぎないことを認める。それが分からない限り、日本は属国身分から脱することができない。

内閣支持の理由でよく挙げられるのに「他にいないから」ということですが、「他にいない」というのは「今の統治者はアメリカに代官として承認されている」という意味です。「野党には政権担当能力がない」という有権者の判断の根拠になっているのは、野党政治家ではアメリカに「代官認定」されないかも知れないという不安です。

島田 そのよじれの中に立憲民主も紛れ込んでしまっています。立憲民主もアメリカと仲良くやりたいのでしょう。

内田 野党政治家に向かって「もっとリアリストになれ」と説教する人たちがいますけれど、それは言い換えると「アメリカに愛されるようにふるまえ」という意味なんです。

島田 朝日新聞も立憲民主も似ていて、左翼リベラル風に振る舞っているけれど、その実ジャパンハンドラーの大協力者なのですね。