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日本防衛論

キーノートスピーカー
中野剛志(評論家)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

キーノートスピーチ

最初に、リーマン・ショック後のグローバル経済の構造変化について確認しておこう。リーマン・ショック前は「これからはアジアが成長する」「グローバル化が進む」という話が二本柱で語られてきた。2006年の主要国間の貿易の流れを見ると、確かに日本からアジアへの輸出が多く、グローバル化が進んでいるかのように見える。しかし一方でアジアから欧米への輸出も多く、アジアへの輸入は少ない。このことは、アジアが自分で成長していたのではなく、欧米―特に米国の住宅バブルを背景とした過剰消費に伴う輸出で引っ張られていたことを意味する。その住宅バブルが崩壊してリーマン・ショックが起こったのだから、アジアの成長もグローバル化も吹っ飛んだと考えるのが妥当だ。なお、今の中国は1960年代の日本の高度成長期と似ており、今後も成長するという意見もあるが、両者は構造的に別物であると指摘しておく。輸出依存度を見ると、日本は1968年で10.1%、2010年で15.2%に対し、中国の2010年の数字は27%だ。中国を含む新興国は成長市場と言われているが、日本や米国と比べると外需依存度が高く、成長は公共投資と輸出頼みの脆弱なものであるとことが多い。

中野剛志氏

次に、そもそも経済成長やイノベーションの時代は終わったのではないか、という議論について考えてみたい。2012年末にノースウエスタン大学のロバート・ゴードンが発表した論文が話題になった。彼の主張は、1750年以前には経済成長は事実上存在せず、その後の250年の急速な技術進歩や成長は人類史上特異な時代であり、20世紀半ばをピークにその成長も減速しているというものだ。蒸気機関や紡績機が登場した第一次産業革命(1750〜1830)、電気や内燃機関が登場した第二次産業革命(1870〜1900)と、コンピュータやインターネットが登場した第三次産業革命(1960〜)を比較すると、第一次および第二次産業革命の成果が100年かけて経済全体に浸透したのに対し、第3次産業革命の効果は8年しかない。そして第三次産業革命(情報革命)が労働生産性を上げたのは2004年までで、その後は情報通信や娯楽が発達しただけだと指摘している。1972年くらいまでは経済も成長し、イノベーションも起こったが、1980年以降はそれらは大幅に鈍化したというのが彼の主張だ。

成長やイノベーションが見られなくなった原因については、マサチューセッツ大学のウイリアム・ラゾニックの指摘がヒントとなる。1980年を境に経済のビジネスモデルが大きく変わってしまったことが、その原因だという説だ。それまでの旧経済ビジネスモデルでは、大企業は中央研究所を抱え自前で技術を開発し、労働者を大切にしてきた(経営者主権)。しかし1980年以降、企業の目的は株価を上げることになり(株主主権)、自前の研究をせずに外注化を進め、R&Dに資金を使うより自社株買いをするようになった。かつてベル研究所では、成果が出るまでに30年かかるような研究が奨励されていたが、企業からそうした風土がなくなりつつある今、イノベーションも成長も生まれにくいというわけだ。

国際経済体制に目を移しても同様の問題が垣間見える。1973年に崩壊したブレトン・ウッズ体制と、その後のワシントン・コンセンサス体制を比較すると、前者の時代には各国は財政出動を主な政策手段とし、資本の移動を規制し、政府の責任として雇用を守り失業を減らしてきた。しかし1980年以降の後者の体制では、財政出動は無駄とされ、政策手段としては金融政策がとられ、資本の移動が自由化され、雇用を守るよりもインフレを起こさせないことが重要となった。その結果、グローバル化が進み、経済が成長すると思われてきたが、そうはならなかった。むしろ成長率は低下し、失業率は上昇し、インフレ率さえもそれほど抑えられていないのが現実だ。

国際政治の枠組みでも考えてみよう。国際政治学には覇権安定論というものがある。世界の自由貿易やグローバル化は、覇権国家が警察の役割を果たしたり、国際的な金融危機に対して「最後の貸し手」となることではじめて可能だというのがその骨子だ。そして覇権国家は歴史上2度しか存在していない。大英帝国時代の英国と、米国だ。大英帝国は1929年の金融危機で覇権国家としての役割を果たせずに世界恐慌時が勃発し、代わって米国がその後の覇権を握ることになった。しかし今や米国も弱体化し、それを補うためにG7体制を作り、G20体制を作り、それでも何も決められない状況が続いているのが、現在の「Gゼロ」の世界だ。覇権国家理論の観点から述べると、覇権国家なき今、経済の成長やグローバル化が望めないのは当然のことである。

米国はこうした状況を敏感に察知している。米国国家情報会議が2012年末に発表した「グローバル・トレンド2030」には、覇権的パワーが存在しなくなることで世界秩序が混乱に陥り、また食料や水、エネルギー不足が深刻化することが指摘されている。そして、そのため新しいパートナー国家として中国と協力しあわなければならないとも言っている。米国以外の各国もこの深刻な事態を認識しており、だからこそ過去10年間に軍事費を増やしてきた。しかし日本だけは一貫して軍事費を減らしてきている。

かつて日本は、軍事や食料、エネルギーの安全保障を疎かにしても世界第2位のGDPを達成することができたが、それは米国という覇権国家があり、その傘下にあったからこそ可能だった。米国の覇権が崩れ、日米の関係にも変化が訪れる今、これまで日本が繁栄できた異例の経済モデルは、一転して一番脆弱な経済モデルになりつつあると言えよう。