Report 活動報告詳細

HOME>活動報告一覧>憲法の危機

憲法の危機

キーノートスピーカー
小林節(憲法学者)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

ディスカッション

波頭 大変興味深いお話でした。安倍政権は今までメディアの人間が政権に都合の悪い報道をすると圧力をかけていたという話は聞いていましたけど、ここにきて官僚に対しても官邸から人事に対する介入やパージに近いことが始まっているようですね。

上杉 この6月から、局長級以上の人事を内閣人事局が最終的にチェックするようになりました。これをやられると、官僚は反対意見など言えなくなるでしょう。

小林 衆議院の特別委員会で首相の周りにいる官僚のなかに親しい後輩と教え子がいるんですが、彼らは人格を消したような表情をしている。普通の人間の顔じゃないですね。

上杉 締めつけるだけじゃなくて、これまで総理秘書官は出身省庁に戻らないのが不文律だったのですが、次官ラインに戻すということをやり始めました。つまり、ムチだけじゃなくニンジンもぶら下げたんです。

茂木 安保法案の条文を読んだのですが、法的整合性を含めて無茶苦茶ですね。これを見ると、今問われているのは国の統治機構の問題だという気がします。つまり、これまで官僚は東大法学部出身者をはじめとして、非常に優秀なテクノクラートだった。一般の法律の条文を作るときなど、彼らはきわめて精緻な調整を行います。そんな彼らが、これほどまでにスキャンダラスな法文を書くのか。たとえば、「アメリカ合衆国の軍隊その他の外国の軍隊」と書いていますけど、明らかに米軍を特別扱いしています。要するに自衛隊は米軍の二軍、使いっ走りをやるということでしょう。こういうものを優秀なテクノクラートである官僚たちが書いてしまうことに、かなり深刻な危機を感じるんです。

小林 今回の地殻変動は、安倍晋三という人の特殊な人格がもたらしたものだと思っています。まず、内閣法制局の長官を代えた。法制局は内閣の一部局にすぎないけれども、能力の高さゆえに伝統的に政権を牽制する力を持っていたんです。その長官を国内法もほとんど知らない外務省出身者に代えた。彼は孤立して、病気が悪化して亡くなってしまいましたが、その跡を継いだ人間は安倍首相に全面協力しました。個別的自衛権に等しい集団的自衛権ということで公明党を納得させ、それまで集団的自衛権は違憲とする内閣法制局の立場を百八十度転換させたのです。彼も次長時代は結構抵抗していたんですが、長官のポストを得るために魂を売ったのかもしれません。

波頭 外務省出身者が大きな発言力を持つようになりましたね。その代表格の谷内正太郎さんは、内閣特別顧問であり、初代の国家安全保障局長になっています。

小林 外務省はもともと国内的には何の権限も人脈も持っていないし、わりと弱い役所だったんです。ところが、外交官になった教え子を見ていると、どうも留学や赴任した先の国の外交官のようになってしまう傾向があるようです。先日も、日米地位協定について沖縄で講演した内容が沖縄の新聞に掲載されると、すぐに教え子から電話がかかってきました。「先生、あんなことを言っては困りますよ。米国が怒るじゃないですか」と言うのです。普通だったら、これが日本人の発想だと米国に向かって交渉しなければいけないのに、むしろ米国の代理人のような立場になっているのです。
波頭 かつては、アメリカン・スクール、チャイナ・スクール、ロシアン・スクールとそれぞれ地域局ごとにグループがあり、多局的外交が行えるような体制でしたが、今は米国局以外の部局も米国留学組がポストを占めるようになって、外務省全体がアメリカン・スクールになったという話を聞きました。米国の意向と利害を優先する外務省が、官邸を引っ張っているというのが実態なんでしょうね。

小林 そして、「殿、さすがにこれは無理筋ですよ」と言える官僚がいなくなってしまった。飛ばされるのが怖いのでしょうけど、飛ばされたっていいじゃないですか。左遷されたとしても、悪魔に手を貸さなかったことに誇りを感じる個人的価値観を持つ人がいなくなってしまったのでしょうね。

島田 1つ気になっているのが、財政の問題です。安保審議でも財政の問題はあまり取り上げられませんでしたが、ただでさえ、GDPの2倍に財政赤字が膨らんでいるのに、いったい、米国の戦費の肩代わりをするお金はどこから出るのでしょう。うがった見方ですが、財政赤字解消のウルトラC的な方法として戦争を考えているということはないでしょうか。戦争状態になれば、国家総動員体制になるので企業や国民の貯蓄に手を付けやすいのではないかと思うのですが。波頭こういう事態なので、企業や個人の借金は棒引きにさせてくれという手立てを考えているのかということですね。

西川 ピケティも書いていましたけど、第1次世界大戦で各国とも膨大に財政赤字が膨らみました。それをフランスは徳政令で、英国はインフレで解消したといいますが、日本の場合はどうでしょうね。

波頭 強烈なインフレというのはあるかもしれませんね。10%のインフレが10年続けば、実質的に借金を半分以下にすることができますから。

山崎 「戦争は、米国版の公共事業ですよね。それに日本のカネを出せと言ってきていたのが、今度は人も出せと言う。そういう経済的動機が背景にあるのでしょう。

西川 小林先生は政権交代に追い込むしかないとのことでしたが、実は民主党のほうにも安倍さんと同じ考えの人がたくさんいるんじゃないでしょうか。

小林 私の教え子の民主党議員のなかにも、思想的に安倍さんに近い人間がいます。彼は、集団的自衛権については否定しきれないけれど、今回の解釈改憲は、民主主義の手続き論としてまったく賛成していません。安倍独裁を許すか許さないかの戦いだから、今度は野党がバラバラにならないように徹底的に議論して結束しようと言っています。

山崎 せめて受け皿だけでもできないものかと思うのですが、経済の面から考えると、民主党政権は本当に悪夢でした。自民党支持率と内閣支持率の合計が50を下回ると、政権崩壊が見えると言われていますが、50に近づきつつある現在でも、野党に政権が渡ることに現実性は感じられません。国民も、民主党政権になるくらいなら、生活においては自民党のほうがまだましだと思っているのではないでしょうか。

波頭 前回の選挙で野党が負けたときには、烏合の衆と化していた野党群に対して深く失望しました。野田政権が大敗したときに少しは学習したと思ったのですが、最低限の選挙協力もままならなかった。皆、野党が団結しなければと口では言うけれど、現実にはポジションだの役職だのと計算が働き、妥協することができない。そんな野党だから、地滑り的に安倍さんのゲームに持ち込まれているという印象です。

山崎 自民党内で形勢が変わるということはないんですか。自民党内のリベラルな人たちがこれではまずいということで立ち上がらないのか。人事で圧力をかけられている状況で、なかなか手を挙げにくいということはあるのでしょうが。

上杉 安倍さんに近い人と食事をしたときに、怖いのは野党ではなく党内だと言っていました。小林先生がデモの激励に行ったときも、官邸にはすごい動揺が走りました。党内の反安倍の人たちを勢いづかせてしまうのではないかと警戒しているからです。

 ある方向に行きすぎたときに、そのカウンター・バランスになろうという力学は、ナンバー2のところに伏流水のように集まります。たとえば、安倍政権のなかにあって、親中国への舵を切ろうとしているのは、実は菅(義偉)さんであったり二階(俊博)さんであったりすると考えます。意外とナンバー2は、情報が集まってくるとともにそうせざるをえない立場に置かれるものです。

小林 今でも自民党の方々とは仲が良く、よく飯を食いに行くんです。この間も赤坂で食事をして、出るときに「小林先生と一緒のところを見られるのは都合が悪い」と言うんです。だから、「ご心配なく。私はトイレに寄ってから帰りますから」と言うと、安心してパッといなくなった。そんな連中ですから、多くを期待するのはどうかと思うのですが。

南場 この間、議員をたくさん連れて習近平に会いに行ったのは、誰でしたっけ?

上杉 二階俊博さんですね。そういう意味で言うと、ニ階さんは弓を引く準備をしているようです。党内の反安倍勢力は完全に二階さんが押さえた感じです。

山崎 官僚組織と安倍政権の関係も微妙だと思いますよ。官僚にとって神聖なる人事に手を突っ込んでくるような政権は好ましいと思っていないでしょうし、その仕組みが定着することだけは避けたいと考えているはずです。だから早く政権が倒れてもらって結構だと思っている官僚は少なくないのではないでしょうか。人事権を握って逆らえなくなっている状態を崩すきっかけが必要なんでしょうが、そのきっかけが安倍さんのオウンゴール以外見当たらないというのが、現在の閉塞感につながっているように思います。

波頭 野党が一枚岩とまでは言わないが、せめて選挙区調整だけでもできれば、また状況も変わってくると思いますが、現実は厳しそうですね。たとえば、小泉進次郎さんが自民党を割って出て、反安倍の先頭に立てば別ですが、彼はまだ行動を起こさないでしょう。新しい求心力の芯を誰かが立てないと、このままズルズルといってしまうおそれがあります。それは日本の将来にとって、非常に大きなリスクとなるということを訴え続けるしかありません。