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デカルトとダーウィンの残した課題

キーノートスピーカー
西川伸一(オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、山崎元

「目に見えないもの」を取り戻したダーウィン

生命科学は、デカルト的考え方を否定し、目に見えない因果性を考えることから生まれてきました。世の中には物理現象とは違う現象があり、物理では説明できないものがある。それが生物です。

生物はどのようにして創造されたのか。中世までは、神が世界を創造したときからあらゆる生物は誕生していたと考えられていました。

それに対して、フランスのラマルクは、最初からすべての生物が存在するのではなく、単純なものから、複雑なものになっていく進化の過程があると述べました。

ラマルクは、たとえば、キリンの首が長いのは、高いところにある木の葉を食べたくて必要に応じて、クビが伸びていったと説明しました。これは、目的が因果性をもっていて体の構造を変えるという発想です。

ニュートン以降の物理学では、原因が先にあって、結果は後から出てきます。未来が過去の出来事の原因となることはありません。ラマルクの説明は、未来の目的が因果性を持っていることになります。

これをうまく説明したのが、ダーウィンです。ダーウィンは、首が長いキリン、短いキリンなど多様なキリンが存在していて、選択されてクビの長いキリンが生き残ると考えました。彼は、未来の結果が、初めから生物の中に存在しているという説明をした最初の学者です。

人間の免疫反応もまさにこの仕組みです。抗原が作用して抗体ができるように思われていますが、人間は抗原に反応する抗体を初めからもっていて、その抗体が選ばれるだけです。ダーウィンのいう多様性がわれわれの体内に存在していて、ウィルスと戦ってくれています。

目的があるのではなくて、結果が初めから存在していて、それが選ばれるだけ。後から振り返ると目的があるように見えるというダーウィンの考え方は画期的でした。ダーウィン以降、非物理的因果性の研究が加速しました。

ダーウィンの考え方が情報科学を生んだ

ダーウィンの考え方は、二十世紀の「情報理論」の誕生につながりました。

「情報」というのは、「物質」ではありません。紙にも書けますし、音波でも出せます。いろいろなメディアに記録することができます。

「情報」という非物理的なものと、「電線」という物理的なものの関係を研究したのがシャノンです。彼は、「目に見えない因果性」と「目に見える因果性」との関係を研究して、情報理論をつくり出しました。

チューリングも「どのようにしたらシンボルを機械運動に置き換えられるか」を研究しました。ロジカルなものはすべて物理的な運動に変えられるというのがチューリングのコンピュータの原理です。

シャノンもチューリングも「目に見えない因果性」を研究したという点では、彼らはダーウィンに続く生物学者といってもいいのではないかと思います。

情報理論は、その後、ヒトゲノムの研究につながっていきました。

DNAというのは、塩基の並びであり、物質ではありません。別の物質でも並びを表現することができます。DNAに書かれた内容は「情報」ですからメディアを問わず、トランスファーできます。コンピュータの中にも入れられます。

情報は、複製して多くの人に伝えることができるという特徴ももっています。物質であれば、お米一粒を何十万人に配るのは大変なエネルギーが要りますが、情報はインターネットなどを通じて一瞬にして世界に広げることができます。

ただ、コンピュータ上の情報とゲノムの情報が大きく違うのは、ゲノムは「情報の出し手」がよくわからないという点です。シャノンやチューリングの情報理論では、「情報の出し手」が必ず存在しています。ゲノムの情報は、地球上に生物が誕生したときに、出し手が誰だかわからない情報として誕生しました。