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深刻化していく米国の分裂現象~米社会の分裂現象は、今後も30年間続く

キーノートスピーカー
伊藤貫(国際政治/米国金融政策アナリスト)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、茂木健一郎、山崎元

米国の分裂は今後も続く

トランプ現象が起こった三番目の要因は、デモグラフィック(人口・人種)ファクターです。アメリカでは、人種問題はタブーであり、米マスコミはこの問題に関する率直な報道を避けてきました。

最近の「ピュー・リサーチ」によれば、米国白人の半数が、「自分は人種差別の被害者だ」と答えています。少数民族への優遇措置(アファーマティブ・アクション)のため「白人は損している」という不満があるのです。さらに「オバマ政権で、人種問題が改善した」と答える人はわずか二割で、「悪化した」と答える人が六割もいます。初の黒人大統領が誕生したことは画期的でしたが、人種関係は悪化しました。

過去半世紀間、非白人の移民が激増したことが、人種関係を緊張させました。一九六五年に、移民法が大改正されました。それまでの米国への移民の八割は、ヨーロッパ出身でした。しかし一九六五年以降の移民の八割以上が、発展途上国からの非白人になりました。非白人移民は二十一世紀初期には、毎年百数十万人になりました。

一九六〇年の米人口は、白人八五%、黒人一〇%、ヒスパニック二・六%でしたが、二〇一七年には、白人六〇%、黒人一三%、ヒスパニック一八%です。不法移民を加えると、ヒスパニック人口は二〇%になります。

民主党は「ヒスパニック移民の七割は、民主党支持者になる」という計算から、そして共和党は「低賃金のヒスパニック移民は、労働コストの削減になる」という計算から、大量移民を制限しませんでした。その結果、一般の白人労働者は低賃金ヒスパニックと激しい職の取り合いになり、生活が非常に苦しくなりました。

一九九九年から二〇一三年の期間、四十歳~五十五歳の白人男女の死亡率は、二二%も上昇しています。このような異常な現象は、他の先進国では起きていません。死亡増加原因のトップ3は、自殺、アルコール中毒、薬物中毒です。いずれも「絶望病」です。

白人労働者は、「仕事を移民にとられた」という恐怖感を抱いています。この「白人の恐怖感」は強烈で、昨年の選挙中、米マスコミがどれだけ「トランプ叩き」をしても、白人投票者の六割がトランプを支持しました。その背景には、「発展途上国からの移民はもうごめんだ」という白人の恐怖感と人種差別感情があったのです。

最近七年間、米国で生まれた新生児の過半数が、非白人でした。非白人の出生比率は高まっており、二〇二四年には二十歳以下の人口の過半数、二〇四二年には全人口の過半数が、非白人になると予想されています。米国は「ノン・ホワイト・ネーション(非白人国家)」になりつつあります。一方、現在六十七歳以上の人口の八割は、白人です。つまり「高齢層は白人、若年層は非白人」という構造です。

二〇二〇年代になると、米国の新規労働力の半数以上が非白人になります。彼らの年収は白人よりも低く、ヒスパニック家庭の平均収入は白人家庭の三分の二、黒人家庭の平均収入は白人家庭の五五%です。白人家庭の資産(金融資産と不動産)の平均額は一七〇〇万円程度ですが、ヒスパニック家庭は一六〇万円、黒人家庭は九〇万円です。

現在の連邦予算三・五兆ドルのうち、引退した老人層を支えるために使われている予算は一・七兆ドルです。二〇二〇年代になると、「貧しいヒスパニック」と「貧しい黒人」の若年労働者がせっせと税金を納めて、「引退生活を送る裕福な白人の老人層を支える」という奇妙な経済構造になります。

非白人の若者からすれば「なぜ貧乏な僕たちが、裕福な白人の高齢者を支えなければならないのか」と不満に思うでしょう。一方、白人高齢者たちは「我々は四十年以上も税金を納めてきたのだから、年金と老人医療費を受け取るのは当然だ」と確信しています。今から六~七年後には、このような白人引退者層と非白人労働者層との経済対立が、よりいっそう深刻になります。

『文明の衝突』の著者サミュエル・ハンティントンは、二〇〇四年に『分断されるアメリカ――ナショナル・アイデンティティの危機』という本を書きました。同書のなかで彼は、「アメリカのナショナル・アイデンティティが失われている。米国人は共通の価値規範を失い、国家としての統一性を失う」と述べています。

ハンティントンは、「十九世紀に見られた白人優越主義が再び復活し、アメリカは人種的に不寛容な国となるのではないか」と予告しました。昨年からの「トランプ現象」には、ハンティントンが予告した現象に似ている点があります。繰り返しになりますが、何の必然性もなく、突然「トランプ大統領」が登場したのではなく、米社会の三つの深い構造的な要因によって「トランプ現象」が生じたのです。このこと米マスコミはきちんと報道していません。

ローマ帝国が崩壊し始めたのは、建国後、五世紀目のことです。ローマ帝国末期には貧富の差が激化し、政治が腐敗し、少数民族が大量に流入しました。ローマ帝国は、内部から崩壊したのです。アメリカ帝国も、ピューリタンが植民を開始してから五世紀目です。最近の米帝国も、貧富の差が極端になり、少数民族が激増し、民主・共和両党の職業政治屋たちが腐敗し、米国民は共通の価値観を失いました。

米国の分裂現象は構造的な問題であり、解決するのは容易ではありません。奇人トランプが明日消えたとしても、米国の分裂現象は今後も長期間続きます。