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激変する世界情勢と日中関係

キーノートスピーカー
富坂聰(ジャーナリスト/拓殖大学海外事情研究所教授)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

THAAD配備の狙いは中露を監視

東アジアに目を向けると、韓国にTHAAD(終末高高度防衛)ミサイルが一部配備されました。THAAD導入は対北朝鮮ミサイル迎撃のためと報じられていますが、実際は対北朝鮮ではありません。アメリカ側のほんとうの狙いは、中国とロシアの監視です。THAADに使われるXバンドレーダーは、二〇〇〇㎞先のゴルフボール大の物体まで捉えられるといわれており、中露の長距離ミサイルの脅威は大幅に軽減されます。

ちなみにTHAADが配備されたのは、ソウルから二〇〇㎞以上南に離れた場所にある星州です。THAADの迎撃ミサイルの射程距離は約二〇〇㎞ですから、そもそもソウルを防衛することはできません。しかもTHAAD配備によって、中韓の蜜月関係は完全に崩れました。

韓国は貿易で依存している中国を激怒させただけでなく、ソウルを防衛する能力もないシステムをアメリカに配備させられたわけです。

韓国は中国の怒りを静めるために、「Xバンドレーダーの性能を二〇〇〇㎞から六〇〇㎞に縮小するから配備させてほしい」と申し入れましたが、中国側は「Xバンドレーダーを誰が運用するのか」と一蹴しました。Xバンドレーダーは主に米軍が運用するシステムであることを中国側はわかっているのです。

じつはアメリカは、ポーランドとルーマニアにもミサイル迎撃システムを配備しようとしています。ルーマニアにはTHAADの配備が決まり、ポーランドにはPAC3が配備される予定です。ようするに、二〇〇〇㎞のXバンドレーダーでユーラシア大陸の東と西から、中国とロシアを監視するシステムは完成間近なのです。

ロシアはアメリカのレーダー・ミサイル配備の動きをいち早く察知して、軍の改革を行ないました。Xバンドレーダーによって地上が丸裸になっても、北海艦隊の潜水艦からSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を撃てる体制を整えています。ユーラシア大陸の西側では、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)のあいだで激しいせめぎ合いが続いており、現在はロシアの喉元までNATOが迫っています。

親露政策を推進すると見られていたトランプ大統領は当初、「NATOは時代遅れである」と発言していました。しかし、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)の三人の発言を追っていくと、トランプ大統領が掲げる政策を否定している様相が見て取れます。議会の公聴会などで彼らは、「ロシアは主要な脅威」と言い切っています。

中国はそういったアメリカの動きをつぶさに観察していました。オバマ政権からトランプ政権に移行しても、一人の力で大きく方針は変わらない。慣性の力が働き、伝統的な政策に戻るのではないか。そう予測して、米中首脳会談に臨みました。

トランプ政権の意向が読めないなかで、中国が最も気を付けていたのは、北朝鮮問題ではなくロシア問題でした。中国の読みどおり、アメリカはロシアに対して伝統的路線に戻り、中国に踏み絵を迫りました。その踏み絵を踏んだことで、中国にとって、とりあえず対米関係は良い滑り出しとなりました。

米中にとって北朝鮮は「必要悪」

さて、北朝鮮問題ですが、私はアメリカが北朝鮮を先制攻撃する可能性は低いと見ています。アメリカと中国にとって北朝鮮は「必要悪」であり、いまの状態のままでいるのが望ましいからです。何より北朝鮮の存在は、アメリカの対中・対露戦略で要になる在韓・在日米軍の最大の存在理由になります。

また比較的軍事費にゆとりのある日韓が、米軍のコントロール下にある兵器を高額で買ってくれます。このビジネスモデルを失いたくないという面もあるでしょう。

日本国内には、金正恩政権を打倒すべきだという意見があります。しかし、もし体制が崩壊して統一朝鮮ができれば、朝鮮半島に日本の人口にも近接する国家が生まれることになります。統一朝鮮が親日になることはありえません。当然、統一の痛みも伴いますから、強烈な「反日」エネルギーが朝鮮半島から向けられることになるでしょう。

では、中国にとって北朝鮮はどうあってほしいのか。国際関係において「隣の国は小さいほどいい」というのが常識です。仮に金正恩政権が倒れて、現在の北朝鮮より大きい統一朝鮮が誕生することは、中国にとって望ましいことではありません。北朝鮮も韓国も生かさず殺さず、小さいままにとどめておく。韓国は中国経済に有利に働きさえすればいい。それが中国の戦略です。

北朝鮮の核武装を中国が阻止しようとしているのは、北朝鮮をかなり警戒しているからです。日本のメディアでは「北朝鮮の後ろ盾は中国だ」といわれていますが、それほど生易しい関係ではないはずです。中越戦争のときには、中国は自らベトナムに援助した武器で自国兵士が殺されました。文化大革命によって中国国内で数千万人が餓死しているときに、援助した武器を持ったベトナム兵が中国に攻め込んできたのです。中越もかつては中朝と同じく「兄弟」と形容された関係でした。だから中国は「永遠の友などいない」ことをよく分かっています。また北朝鮮が本格的に核武装をすることで、日本の核武装を誘発しかねないことも中国には悩ましいでしょう。

平たくいうと、米中は北朝鮮を「チョイ悪」にとどめておきたいと思っている。ただ北朝鮮はかなり戦略的な国で、米中の思惑どおりに進むかどうかはわかりません。したたかな北朝鮮は、中国抜きでアメリカと会談することを狙っているでしょう。アメリカは、最終的には対話と圧力でいくと決めましたが、その過程では北朝鮮を核保有国として認めることも考えたといっています。

今後は日本にとって、かなり厳しいメニューが出てくる可能性も頭に入れておかなければいけません。