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空間に対する新たな欲求

キーノートスピーカー
團紀彦(建築家)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、神保哲生、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

キーノートスピーチ

團 都市的な病である感染症は人から人へと感染していきます。14世紀にはヨーロッパでペストが猛威を振るいました。現在はコロナウイルスという感染症が猛威を振るっています。このような長らく続く感染症の流行は、都市と都市の建築物へどのような影を落とすのか──。それをこれから考えてみたいと思います。

16世紀、フィレンツェの支配者であるメディチ家のお抱え建築家となったジョルジョ・ヴァザーリは、市内の宮殿にヴァザーリの回廊を建てました。ヴァザーリの回廊とは全長約1キロメートルにも及ぶ高架式の通路のことです。この回廊の第一弾となるのが、14世紀に建てられたアルノ川に架かるヴェッキオ橋です。

團紀彦氏

当時、ヴェッキオ橋には精肉店の店舗が並んでいて、ネズミもいっぱい生息していました。

なぜ肉屋が橋の上にあったのかというと、牛などの屠殺体を川の水を使って洗うためです。

水を流して清潔を保つために橋の路上に肉屋ができたと推察できるのですが、そうはいってもあまりにも不衛生な環境だったのでしょう。

ペストの流行 14世紀
ヴァザーリの回廊 1565年 フィレンツェ

19世紀になって北里柴三郎がペスト菌を発見しますが、ペストがもっとも流行したのは14世紀と言われています。つまり19世紀まで間欠的にペストはずっと流行していたのです。

そこで当時のフィレンツェの支配者であったメディチ家の一族が、執務室(現在はウフィツィ美術館)からピッティ宮殿まで川の右岸と左岸を、庶民と同じ不潔な地上の空間を通らずに行けるよう空中回廊であるヴァザーリの回廊を設けたのです(先ほどのヴェッキオ橋写真の上の黄色い部分が回廊です)。

実は、様々な資料を探しても、メディチ家の人間によってペスト対策のために回廊が建てられたという記録は出てきません。しかし、明らかに感染防止を目的に宮殿から執務室まで1キロも続く回廊を作ったのだろうと思います。

波頭 トスカーナ大公の暗殺防止を目的に建てられた回廊であるという説もあります。

團 そういう目的もあったでのしょう。16世紀になってからヴァザーリがこの新たな空中回廊をヴェッキオ橋の上に作るのですが、そのとき橋にあった肉屋にはすべてどいてもらって、橋のお店はすべて宝石のお店に変わりました。そういう記録が残っています。

では、話をコロナ禍の現代に戻します。下の左図は、主に航空機による人の移動を表わしたものです。

北米とEUと東アジアをハブにして、この三大経済圏に移動が集中しています。この集中は、右図のコロナウイルスが爆発的に蔓延している地域の分布図とほぼ一致しています。したがって、感染は人の移動と都市が密接に関係していることが見て取れます。

コロナ禍以前の航空機による人の移動
2020年5月のCorvid-19の感染拡大状況

また、下の写真は回遊魚(左)と、一箇所に留まって暮らす根魚(右)です。それぞれの魚たちが世界観を持っているかどうかはわかりませんが、回遊魚は海流の中に棲んでいて、特定の岩礁帯(根)には棲んでいないという非常にグローバルな生き物です。

海流に住む回遊魚
岩礁に住む根魚

例えば、本マグロ、ビンチョウマグロ、キハダ、カツオなどが有名です。海流とともに地球の半分くらいの距離を回っています。

一方、岩礁に棲んでいる根魚の行動半径は5キロくらいです。人間は、この回遊魚と根魚の両方の性格を持っています。そして人間のつくった産業構造は、今やかなりグローバル化していますが、現在それがコロナ禍によって寸断されています。

大学で学生と話をしていると、今は家にいる時間がコロナ前よりも1.5倍くらいに増えている人が多くなっています。ある人は3倍くらいになったそうです。こうなると、いわゆる根魚的な生活パターンになってきていると言えそうです。

そういう根魚的生活パターンの中では、新しい感覚も出てきます。例えば、今までにない風通しの良いテラスのような快適な空間でお茶をゆっくり飲みたいなど。そんな新しい空間に対する欲求が多くの人々の間で徐々に広まっていると感じます。