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日本のメディアの構造問題とジャーナリズム

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、神保哲生、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

ジャーナリズムが崩壊して起きたこと

カリフォルニア州にベル市という人口3万5000人余の小さな町があります。ここは1998年に「インダストリアル・ポスト」という唯一のローカル紙が廃刊になり、メディアデザートとなりました。

地域のメディアがない、つまり地域をウオッチしているジャーナリストがいない状態で十数年たったとき、驚くべきことが発覚します。知らない間に市長の報酬がどんどん上がり、2010年には78万ドル(約8200万円)になっていたんです。

アメリカでは大統領の報酬が40万ドル(約4200万円)と決まっているので、人口3万余りのベル市の市長の報酬がその倍近くというのはかなりクレージー、あり得ない金額です。議会がそれを承認したのが驚きですが、よくよく見ると市議会の議長や他の幹部らも軒並み高い報酬を得ていました。この高額報酬の原資として、市債が乱発されるという状況が10年間くらい続き、市の財政は事実上破綻状態にありました。

これが2010年にニュースとなり、結果的に多くの関係者が逮捕されました。これは地方政治をチェックするジャーナリストがいなくなった弊害の分かりやすい事例です。

とはいえ、ベル市の事例はメディアによってかろうじて発覚しました。2010年に、ベル市でおかしな事が起きているという情報がたまたまロサンゼルス・タイムズの記者の耳に入り、彼が取材をしてみた結果、幸運にも記事になったのです。だから、これは最終的には辛うじてメディアが機能したケースと見ることもできます。同じようなことが起きていながら、まだ発覚していないところが沢山ある可能性は十分にありますが、メディアがウオッチし報じてくれなければ、地域住民ですらわかりません。

プリンストン大学から出た著名な論文に、地方紙が2紙から1紙になった影響を調べたものがあります。それによると、投票率が下がる、立候補者数も減り、無投票当選が多くなるため、現職の当選率が上がり、必ずと言っていいほど市債が増えるそうです。2紙から1紙になっただけでこれだけ監視機能が弱まり、民主主義が劣化するのですから、デザート化した時の影響たるや想像を絶するものがあります。

ジャーナリストの監視の眼がなくなった時、権力の濫用はし放題になるが、税収が少ないところでは濫用するにも限界があるため、借金をして濫用をしようということになり、市債を濫発することになるわけです。いずれ市の財政が破綻するという段階になってようやく表沙汰になりますが、借金を返済するために市債を濫発し続けていれば、債務不履行に陥るまでその実態は市場では正面化しません。当然、公文書の偽造や議会での偽証といった不正行為はオンパレードになるので、最終的には関係者が刑事訴追されますが、結局そのツケは住民が払うことになります。

このベル市とプリンストン大の論文は、逆説的に見ると、メディアが本来どういう機能を果たさなければならないのかを示してくれている事例と言えます。私のほうからのプレゼンは以上です。では、ここから質問を頂ければお答えいたします。