Report 活動報告詳細

HOME>活動報告一覧>ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

アメリカの政治、とりわけ外交政策は誰によって動かされているのか、そして軍産複合体はどのようにそこに関わっているのかという問題は、これまでなかなか表には出てきにくいものでした。しかし、今回のロシア – ウクライナ戦争では、それがかなり明確になったと思います。軍需産業にお金を回せば回すだけ、アメリカ自身が血を流すことなく儲けを上げることができるという意味で、今回の戦争はまさしく “Biden’s dream war” である、などとも言われています。バイデン政権も軍需産業とのつながりは強いわけです。現在の国防長官のロイド・オースティンなどは、指名を承認されて国務長官に就任する直前までレイセオンの取締役を務めていましたし、国務次官のヌーランドの立場は先ほどご説明したとおりです。そういった面々がアメリカの外交に強い影響力を持っている構造は、まさしく “swamp(沼)” と呼ぶにふさわしいものでしょう。

もっとも、最後にもう一つだけ付け加えておきたい重要なポイントがあります。アメリカやヨーロッパが好き勝手に国際社会で振る舞うことは、かつてに比べればかなり難しくなっています。今年の7月半ばに開催されたG20の財務省・中央銀行総裁会議では、ロシアに対する制裁決議を出すか否かをめぐって意見が真っ二つに割れ、結局のところ共同声明すら出せずに終わりました。G20に参加した20か国のうち、制裁決議を支持しているのはG7とEU、韓国、オーストラリアの合わせて10か国、反対がいわゆるBRICsをはじめとする中堅10か国です。G20が10対10で真っ二つに割れてしまったわけです。

また、GDPベースで見ても、欧米諸国の勢いはかつてほどではなくなっています。20世紀の終わり頃まで、世界全体のGDPはG7諸国によって実に7割近く占められていましたが、それも今や5割を下回っています。先進国がやりたい放題できていたような、かつての世界はもはや存在しません。

今回のウクライナ侵攻では、誰がどう見てもロシアがやりすぎですが、かと言って他の国々が雪崩を打ってアメリカ陣営についているわけでもありません。イラクやアフガニスタンの侵攻にしても、捏造された根拠をもとに強行されたものだったことが明らかになっています。過去を振り返ればアメリカのやってきたことはずいぶん悪逆非道だったということが、国際的な共通認識になりつつあるのです。情報環境が完全にアメリカ寄りになってしまっている日本では、なかなかそうした状況もピンと来にくいところがありますが、ネオコンの野心がそう易々とまかり通る世界情勢ではないという点も押さえておいていいかと思います。

繰り返しになりますが、今のアメリカの政治を動かしているのが軍産複合体と、それに支えられそれに益する主義主張を持った人々であるという点は、アメリカの外交政策を見る一つの視座としてとても重要だと思います。それを抜きにして、アメリカが自らの国益に資する合理的な判断を行っていると考えてしまうと、大いに見誤るものがあるだろうということを申し上げて、今回の発表の締めくくりといたします。