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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

波頭 神保さん、お話ありがとうございました。今日のテーマだと、中島さんからまずご意見やコメントをいただければと思いますが、いかがでしょうか。

中島 ありがとうございます。本日のお話、終始まさしくその通りだなと思いながら拝聴しておりました。私は今回の戦争については「アメリカがロシアを戦争に呼び込んだ」という印象を非常に強く持っていて、確かヌーランドも「こんなにプーチンがうまく引っかかると思っていなかった」といった旨の発言をしていたと記憶しています。まんまとロシアが引っかかってくれた、これでロシアを弱体化できるという目論見が、バイデン政権を含めアメリカのネオコン的な発想の中にはあるのではないかと思うのですが、神保さんはそのあたりについてどう見ておいででしょうか。

それからもう一つご質問なのですが、今回の戦争に対して批判的な見解を表している人たちは、アメリカの中にも一定数いるかと思います。たとえば、シカゴ大学の政治学者ジョン・ミアシャイマーは「キューバ危機を思い出すべきだ」といった主張を述べています。当時のアメリカも喉元までソ連の核ミサイル基地が迫った際、やはり核戦争勃発寸前まで反発したわけですが、今回アメリカおよびNATOがやっていることはキューバ危機の逆でしかなく、ロシアの怒りを買って当然である、といったことをミアシャイマーは述べています。こうした見解はアメリカ国内でどのように受け止められているのか、お話を伺えるでしょうか。

神保 先ほどのスピーチの中で ”Biden’s dream war” という言い方をしましたが、この ”dream” には少なくとも2つの含みがあります。一つは、自らが血を流すことなく自分たちの支持母体である軍需産業を潤すことができるという意味で「夢のよう」であるということ。そしてもう一つは、そのようにして軍需産業に利益を回しつつ、ロシアをどんどん弱体化させることができるということです。こちらはむしろ “Neocon’s dream war”と言ってもいいかもしれません。各国の防衛費についても先ほど軽くふれましたが、アメリカとロシアの差はもはや10倍近く、言ってみればロシアとウクライナくらいの差があって、核戦力を持っていることを別にすると、もはやロシアはアメリカの敵ではありません。それゆえアメリカは少々ロシアを舐めてかかっているようなところがあります。

ただ他方、ロシアはかなり落ちぶれてはいますが、それでも先ほどお話ししたMADの関係で、核弾頭の保有数はアメリカとほぼ同数に保たれています。ミアシャイマーはじめアメリカの良識的な国際政治学者が最も懸念しているのは、ウクライナがNATOに加入してそこに核が配備されるといった事態になると、これまでMAD理論に基づいてかろうじて保たれていた核の均衡が崩れてしまうおそれが出てくることです。ウクライナがNATOに加盟し、NATOの核戦力がロシアとの国境線近くまで拡大すれば、弾道ミサイルを使わずとも中距離・短距離のミサイルでロシアを核攻撃することが可能になってしまいます。それはロシアにとっては非常に大きな脅威になります。これまで世界が奇跡的に核戦争を起こさずにやってこられた、その根拠となっていた核の均衡が崩れることがいかに危険なことかは、国際社会全体で考えるべき問題です。バイデン政権やネオコンはロシアを甘く見すぎであるという指摘は方々からなされています。

ただ、そのような穏健で抑制的な議論は、知的なサークルにおいては一定の重みを持つものとして尊重されますが、大衆に対してはほとんど訴求力を持たないのが現実です。ロシアによるあからさまな侵攻の映像を目にした人々のあいだに流れているのは、やはり反露的な雰囲気ですし、大抵のメディアの論調も「ウクライナを徹底的に支援すべし」といった方向に偏っています。もちろんそうでないメディアもないわけではなく、たとえば『Democracy Now!』のような独立系のメディアでは、反対意見も含めるかたちで議論がしっかりとなされていますし、『ニューヨーク・タイムズ』のOp-edなどでも、少数意見が一定程度は取り上げられたりもしています。しかし、基本的には主要メディアはウクライナ支援一辺倒、徹底的にロシアを追い詰めるべしとの論調が、少なくともこれまでは主流になっている印象です。

もっとも、開戦当初は主戦論で盛り上がるものの、次第に厭戦機運が出てきて、少しずつ抑制の利いた議論や良識的な論者の主張が前面に出てくるかもしれません。イラク戦争の時もそうでした。今回のロシア – ウクライナに関してはまだそこまでは行っていない印象ですが、今後アメリカの世論がどうなるかは未知数です。

波頭 中島さんのほうから、神保さんの見方やご意見に何か付け加えるものはおありですか。

中島 私も神保さんと非常に近い見方をしているのですが、他方で日本の論壇で周りの国際政治学者たちの議論を見ていると、むしろ逆の見方をしている人たちが多い印象を持っています。つまり「何をおいても悪者は国際法を犯したロシアである」といった一方的な論調が主流になっていて、アメリカについてミアシャイマー的な見方を示すと「お前はロシアの不法を許す人間なのか」と非難を浴びてしまうのが、我々の世代の国際政治学における一つの流れになっているんですね。私はそこに非常に違和感を覚えています。上の世代の左派的な人たちがロシアの味方をするのに対して賛同できるかというとそれはまた違うんですが、他方で同世代の国際政治学者たちに対しても賛同しかねているというのが正直なところです。

波頭 中島さん、ありがとうございました。今の話に次いで、私からも一つご質問です。私の中ではもはやロシアとウクライナどちらに味方すべきかは国際社会にとってメインイシューではなくなっていて、どう落とし所を作っていくかのほうが大事だろうと考えています。この点に関してネオコンの人たちはどう考えているんでしょうか。あるいはロシア側も、このまま泥試合を続けることは自国にとって得策でないと考えてはいると思うんですが、アメリカのネオコンの側とロシアのプーチンの側、それぞれが落とし所をどう考えているのかについて、何か伺えることはありますか。

神保 まず、ネオコンも含むアメリカの軍事産業にとっては、今の泥沼のような戦闘状況が続くことが喜ばしいと考えられます。

波頭 落とし所は考えていないということですか。

神保 泥沼化という落とし所を望んでいる、と言ってもいいかもしれません。あとは、なんだかんだ言って最後にはロシアが音を上げるだろうと楽観視しているところもあると思います。いずれにせよアメリカの主戦論者からすると、紛争状態がだらだらと続いてくれることが、いろいろな意味で一番おいしいわけです。すでにクリミアでロシア軍の施設が爆破されるなど、散発的なテロ行為が起こりはじめているわけですが、そういうゲリラ戦がドンバスやクリミアでずるずる続き、少しずつロシアが疲弊し弱体化していくパターンは、アメリカ側の主戦論者たちが望んでいる形ではあると思います。

他方、ロシア側に関して言うと、これは私がロシアの専門家たちに取材をして聞いた話ですが、現在のプーチンの国内的な政治基盤を考えると、このまま特に何も成果を上げないままロシアが撤退することはほぼあり得ないようです。戦費が賄えなくなり、財政的にかなり苦しくなったとしても、何らかの言い訳を考えて戦争を継続するしかないだろうということでした。「ロシアを弱体化させたい」というアメリカの意図通りに事が運んでいるとも見られるわけですが、ロシアもロシアで簡単に手を引ける状況にはないようです。

またプーチンとしては、アメリカがいつまでもウクライナを同じ調子で支援し続けることはないだろうと期待している面もあると思います。アメリカ国内の世論ではまだまだ主戦論が優位だと先ほど申し上げましたが、あまり戦況も動かないなか、さすがに論調も少しずつ抑制的な方向へとシフトしつつあります。また、国内のインフレが深刻化して一大イシューとなりつつあるなかで、これ以上ウクライナ支援にお金を注ぎ込むことがどこまで許容されるのかという問題もあります。今年11月には中間選挙が控えていますから、バイデン政権としては世論の動きに敏感にならざるを得ない。結果的にネオコンの思惑通りに事が動かない可能性は十分ありますし、プーチンもそれを期待しているところはあると思います。

波頭 ベトナム戦争のときと同じように、アメリカの民意による内部崩壊を待っているといったところでしょうか。

神保 ロシアとしてはアメリカに対してもそうですし、ウクライナに対してもそのような期待をかけているところはあるかもしれません。いくらゼレンスキーが主戦論を唱えつづけたとしても、どこかでウクライナ自身の国力に限界がくる可能性はあります。一応ウクライナも民主主義国ですから、「いったいいつまでこんなことが続くんだ」という方向に世論が傾けば、政府としてもそれを無視するわけにはいかなくなるでしょう。

あとは、ロシアの国内で隠然たる力を持つシロヴィキ(治安・国防関係省庁の職員とその出身者)が、プーチンが彼らの利益に適わない政策を続けていると考えるようになれば、今はそれなりに盤石に見える彼の権力基盤が崩れてくる可能性もあります。民主主義かそうでないかの違いはあれど、どの国も必ずしもトップの意向だけで物事が決まらない面があります。民主主義の国では世論があるし、専制主義国でも必ず何らかの権力者を支える影の権力構造があります。最終的には現在の為政者の意向とは異なる決着が図られる可能性も、大いにあると思います。

波頭 たしかにゼレンスキーも、落とし所を一生懸命考えて動いている印象があまりないですね。むしろそういう立ち回り方をしているのはトルコのエルドゥアンくらいかもしれません。あとはインドが比較的積極的でしょうか。中国が中立的な立場で動いたら決着も早いかと思ったんですが、今のところ完全に親露側のスタンスですね。

西川 今日のお話でネオコンのイメージはよくわかりました。しかし、ネオコンの人たちはロシアを追い詰めることにともなうリスクの管理のようなことがそう簡単にできると、本気で思っているんでしょうか。ザポリージャ原発の砲撃などを見ていても思いますが、イラクのときなどと違って火遊びが即座に大惨事へと発展する可能性は大いにありますよね。

神保 そこは「ロシアもそこまではやらないだろう」という見立てなんだと思います。

西川 核戦争にまではさすがにエスカレートしないだろうとは思いますが……。

神保 ただ、一部の人たちの間では、同じ核兵器でも破壊力を抑えた戦術核までは、火遊びの範疇に入るという認識が根強くあるようなんですよね。ヒロシマ・ナガサキの時代から核兵器の製造技術は目覚ましい進歩を遂げていて、アメリカの最新の戦術核は威力をダイヤルで自在に調整できるようになっていると言われています。そのため残念ながら戦術核については、いわゆる核兵器ではなく、通常兵器の延長のように扱われている面があります。ただ、ロシアの戦術核は技術的な限界もあって、アメリカのものほど破壊力を抑えられていないという情報もあるので、実際にそれが使用されれば、かなり大きな被害をもたらすおそれがあります。もちろん爆発による直接の殺傷だけでなく、その後、何十年にもわたり放射能汚染が起こります。

ロシアの年間の軍事予算はアメリカの10分の1以下しかありませんが、とは言えロシアが圧倒的な世界最大の軍事大国アメリカに匹敵するほどの核戦力を有していることで、ロシアは他の国とは明らかに異なる次元の脅威をもたらしています。ロシアのウクライナ国内の原発に対する攻撃は、敵国ウクライナのエネルギー供給源を抑えることが主目的だとは思いますが、同時に「放射能で国土を汚染することなど、我々は別になんとも思わない」というメッセージを出すことで、自分たちが核兵器を使う可能性がある国であることをリマインドする効果も狙っていると見られています。