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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

山崎 今回の戦争がどれだけ早期に決着するかは、一つにはロシアの耐久力にかかっているように思います。ロシアにどれくらい戦争継続能力があるのか、実際のところ経済的に困っているのか、ということですね。原油価格の高騰で財政面もそれなりに潤ったはずですし、どうもあまり追い詰められてはいなそうな印象もあります。

神保 日本にいると世界全体でロシアに制裁を科しているかのように感じてしまうかもしれませんが、実際に対ロシア制裁に参加している国は少数派です。ただ、日本にとって「世界」と言った場合、それはほぼ欧米を意味しているので、欧米はロシア制裁において足並みを揃えています。ポイントは、世界にはロシアの石油を買ってくれる国が、まだいくらでも残っているということです。もちろんその中にはインドや中国なども含まれます。

山崎 そうですよね。だから、ロシアへの経済制裁に打って出た結果一番困った国はどこかと考えると、実はドイツあたりなのではないかと思います。イギリスなどから見ればドイツが困るのはそう悪いことでもないでしょうから、そういう状況にうまいこと導けてしめしめ、といったところもあるのかもしれませんが。

先に神保さんがおっしゃったように、アメリカがロシアを非難してみても、賛同する国は意外と少なくて、話し合いもG7対BRICs陣営といったかたちで割れてしまう状況があるわけですよね。しかも、中国としては、ロシアがすっかり弱体化して、たとえば政権が転覆したときにそこにアメリカが手を突っ込んでくるといった事態は、なんとしても避けたいはずです。そうなると、中国は仲介役になるどころかロシアを支える側に回ることになり、終戦はますます遠のきそうに思います。

おそらく、今の戦争を止める力を誰よりも持っているのは、やはりアメリカなんですよね。ただ、過去何十年を振り返って考えると、世界で一番野蛮で戦争が好きな国もまたアメリカである以上、アメリカが仲裁などに打って出るとは到底考えにくい。しかもアメリカにとってみれば、今回の戦争には大いに旨みがあります。武器も売れるし、エネルギー価格の高騰でエネルギー産業も潤うし、穀物価格の上昇も利益に繋がります。もちろん全般的なインフレ傾向は政権にとって課題ですが、やはり政権に近い産業の人たちからすればおいしい面のほうが大きいわけですよね。株式市場の格言に「遠くの戦争は買い」という言葉がありますが、ややそれに近い状態になっていると言えそうです。

神保さんがスピーチの中でおっしゃったように、要するにウクライナの人間を使ったアメリカとロシアとの代理戦争なんですよね。ただ、実際に戦いに臨むウクライナからしてみれば、いくらアメリカの優れた兵器で戦えるといっても、やはり延々と戦いつづけることは次第に難しくなってくるはずです。そうなると、戦線が膠着したどこかのタイミングでウクライナ東部はロシアによる実効支配下に置かれて、北朝鮮と韓国のようなかたちで東西にウクライナが分かれ、場合によっては残ったウクライナの政権が倒れるかもしれない。おおよそそのあたりが考えられる落とし所かと思いますが、いかがでしょうか。

神保 そのような落とし所を想定している人は多いと思います。ただ、今のところ、人的な被害は攻められる側のウクライナより攻める側のロシアのほうがはるかに多いと考えられているんですね。ですから、ロシアももう兵隊の数がかなり不足しつつあって、ワグネルのような民兵からなる組織などをリクルートせざるを得ない状況になっています。シリアから応援が来たりもしていますが、だからと言ってロシアも、いつまでも人的な被害を許容できるわけではありません。そういう意味で、厳しい状況にあるのはロシアもウクライナも一緒だと思います。

ただ、ロシアの経済の専門家に話を聞いたことがあるんですが、結局のところロシアは資源大国であり農業大国でもあるので、生きるために最低限必要なものは国内で調達できる。その意味では、贅沢なことを言わなければ、いつまでも持ち堪えられる可能性があるんですね。ロシアは資源大国であり資源の輸出大国ですから、食料もエネルギー資源も国内で調達できる。たしかに、西側諸国からの制裁で禁輸措置を取られると、西側のきらびやかな物質文明の恩恵を享受できなくなります。ビッグマックやスタバのコーヒーの味は多少変わってしまうかもしれませんし、シャネルだのグッチだの、ベンツだのBMWだのも手に入りにくくなるかもしれない。しかし、その程度の影響であれば、我慢すればいいだけの話です。すぐさま生活が困窮するわけではありません。その意味で、ロシア自身も折れずに延々と戦い続ける可能性はあると思います。

深刻なのはヨーロッパです。ロシアからのエネルギー資源の供給がストップすると、ヨーロッパは文字どおりこの冬を越せなくなる懸念が出てきています。ヨーロッパ諸国の多くは日本の北海道くらい冬の寒さが厳しいですから、燃料の供給がストップすれば、実際に大量の凍死者が出ることが心配されています。先ほど山崎さんがおっしゃったように、現にドイツなどは制裁に打って出た結果として、エネルギー面では本当に困った事態に陥りつつあります。そのような状況の中で、ドイツをはじめとする国々で世論に変化が出てくる可能性は十分にあります。

それからもう一つ、食料価格の高騰で、アフリカや南アジアの貧しい国々に食料が行き渡らなくなりつつあるという問題も生じています。日本は落ち目とは言え、なんだかんだ言ってまだまだ裕福な国なので、今回の戦争の影響も、小麦の値段が多少上がってカレー粉やパスタの値段が上がった程度の話で済んでいますが、普段から国民の大多数がギリギリ食えているような貧しい国々では、食料価格が上がると単に食料を買うことができない人が大量に出て、結果的に餓死者を大量に出すことになり、それが即、政情不安に発展します。実際パキスタンでは政権が転覆してしまいましたし、今後もそうした混乱が世界各地で広がる懸念はあると考えられます。

ちなみに、ヨーロッパのエネルギー不足の問題を受けてアメリカで現在大いに盛り上がっているのがLNGブームです。お金儲けに抜け目ない人がみんな二言目には「LNGが〜」と口にするくらいLNGに資金が集まっているらしく、ルイジアナやテキサスのあたりでは、LNGのプラントがものすごいペースで建造されているそうです。以前から注目されているシェールガスは、パイプラインがないのでそれをそのままヨーロッパへ輸送することは難しいですが、液化されたLNGならタンカーで輸送が可能なので、今アメリカではそちらに資本がどしどし投下されて、ゴールドラッシュならぬLNGラッシュが起きているそうです。

山崎 そうは言っても、輸送されてきたLNGを水揚げする港の設備もそこまで早くは整わないですよね。

神保 それが今の最大の課題です。今、ドイツは急ピッチで水揚げ港を含め、ノルドストリームに代わるエネルギーインフラの整備を進めていますが、大規模なプロジェクトになるので、どうしても完成までに何年かはかかってしまいます。その間、本当に凍死者が出ることが懸念されています。

ドイツには第二次世界大戦でロシアを裏切ったうしろめたさがあり、その謝罪の意味も込めてロシアを包摂する外交政策を採用してきました。そのような立場から、意図的にロシアへの資源の依存を図ってきましたが、今回はそれが完全に徒となってしまいました。今はルーマニアだったかハンガリーだったかでいったんLNGを降ろして、そこからロシアを経由せずにパイプラインでドイツまで輸送するといったことを構想しているようですが、今回の一件を受けてドイツのロシアに対するスタンスがどうなっていくのかは気になる点の一つですね。やっぱりロシアを信用したのは間違いだった、という結論にならざるを得ないでしょうから。