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尖閣問題を考える

キーノートスピーカー
孫崎享(元・外務省国際情報局長)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、西川伸一、山崎元、上杉隆

キーノートスピーチ

孫崎 尖閣問題の話を始める前に、イスラム国による後藤健二氏、湯川遥菜氏の拘束殺害事件について触れておきたい。その背景には、尖閣問題にも共通する問題が横たわっているからである。

私はこの事件を見ていて、日本の指導者、マスコミ、国民がここまでひどくなったかと愕然としている。人命がかかっていながら、これほどウソと詭弁がまかり通るのはどういうことか。

後藤氏、湯川氏の殺害は、明らかに安倍晋三首相の責任である。中東を歴訪した安倍首相は、「イスラム国と闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度の支援をお約束します」と演説した。有志連合による空爆やクルド人部隊の攻勢によって劣勢に立たされ、いら立ちを強めているイスラム国が、この演説に反応したのは間違いない。それは、両氏の殺害が安倍首相の「向こう見ずな決断」の結果であり、「日本の悪夢を今始めよう」と述べたイスラム国のコメントからもはっきりとしている。

孫崎享氏

今まで日本は、自国民が人質にとられたとき、全力を挙げて救出に努力してきたが、今回は「テロに屈しない」と表明し、イスラム国との交渉を行わなかった。なぜ、人質救出の行動をとらないという選択をしたのか。日本人の拘束が明らかになったかなり早い段階で、「米国はテロリストに身代金を支払わないというのが基本方針であり、それを日本政府に伝える」と米国が発表したからである。日本が米国の方針に影響を受けたことは間違いない。つまり、日本国民の生命より米国の意向を重視する者が、政権内にいるということだ。

にもかかわらず、国民は怒りもしないどころか、安倍政権の対応を称賛さえしている。これはいったいどういうことか。

さらにマスコミの報道もひどい。特に産経新聞は、政府の対応を批判した民主党の枝野幸男、徳永エリ両議員や共産党の池内さおり議員、さらには元・防衛庁官房長の柳澤協二氏や元・通産官僚の古賀茂明氏、それに私を「テロリストの味方」と名指しで非難した。明らかに問題があるにもかかわらず、それを指摘する人間が攻撃される社会になってしまった。そのことに、私は大きな危惧を抱いている。

では、尖閣問題に話を進めよう。日本にとって重要なのは、これから中国にどう対応していくかということである。工業生産高で米国を抜いた中国は、間違いなく大国化して大きな力を持つ。そのことをほとんどの日本人が意識していない。われわれは、強い力を持った中国とどう付き合っていくかを真剣に考えなければならないのだ。

そういう状況のなかで、日中の関係は尖閣問題によって冷え込んでいる。日本政府の立場は、「解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」というものだが、その主張は根本的に誤っていると言わざるをえない。

2012年10月7日付『産経新聞』(ウェブ版)では、栗山尚一元・外務事務次官が、「(1972年の日中首脳会談で尖閣問題について)この問題は無理をしないで棚上げしましょうということで暗黙の了解が日中の首脳間にできた」と述べている。当時、栗山氏は条約課長として、田中角栄・周恩来の首脳会談に深くかかわっていた。当時の関係者で存命なのは栗山氏だけだが、その当人が「棚上げはあった」と証言しているのである。

さらに、1978年には尖閣諸島海域に中国漁船約100隻が侵入し、日本の海上保安庁と一触即発の事態に発展した。このときも、鄧小平国家主席と園田直外務大臣の間で、問題棚上げの確認が行われているのである。こうした事実が厳然として存在するのに、それを一顧だにしないのはどういうわけだろうか。

そのカギは、やはり米国にある。

尖閣問題で日中が対立するきっかけを作ったのは、石原慎太郎東京都知事(当時)である。尖閣諸島を東京都が購入するとぶち上げたのだ。石原氏がこの計画を発表したのは、米ヘリテージ財団での講演であった。ヘリテージ財団とは、保守系のシンクタンクで米政権の政策決定に大きな影響力を持っている。

そのヘリテージ財団でアジア部長を務めるブルース・クリングナーは「米国は日本の政治的変化を利用し、同盟を深化させるべきである」とする「クリングナー論文」を発表している。
安倍氏の保守的な考え方と日本国民の中国に対する懸念の増大は、日米同盟の重大な目的を達成する絶好の機会であるとし、そのためにワシントンは、次のことを行うべきだと主張する。

 ①東京はより大きい国際的役務を受け入れるべきだということを明確にする。
 ②同盟国(米国)の安全保障上の必要に見合うよう防衛費支出の増大を促す。
 ③集団的自衛権の解釈をより柔軟にするよう勧告する。日本は海外の軍事展開で同盟国(米国)の資源を消耗させるのではなく、効果的貢献を行うべきである。
 ④沖縄の普天間飛行場代替施設の建設で明確な前進をするよう政府に圧力をかける。
 ⑤日韓軍事協力を行うよう推奨する。

これを見ると、まさに安倍政権が現在進めている政策と一致していることがわかる。このこと一つをとってみても、米国の意図で動く人たちが相当数、日本にいることが想像できる。