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反貧困~社会の死角をなくす~

キーノートスピーカー
湯浅誠(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長)
ディスカッション
波頭亮、南場智子、茂木健一郎、山崎元、上杉隆、和田秀樹

キーノートスピーチ

湯浅 渋谷でホームレス問題に取り組んでいた1995年頃、ホームレスは100人ぐらいだった。それが99年には600人に急増。「世の中大変なことになっているぞ」と思ったが、その危機感がなかなか世間に共有されない。これを広めなければと、2001年に「もやい」という団体をつくり、生活困窮者一般の生活相談をはじめた。相談に来る人の数は日増しに増え、多様化してきた。もはやホームレスだけの問題ではない。当時よくいわれた「格差」とは違う文脈で何かある。そう思い、06年から「貧困問題」と呼ぶようになった。

事態の深刻さはこんなところに表れている。07年のユニセフの調査によれば、「さびしい」と感じている15歳の子供状日本は約30%にも上った。諸外国が10%以下なのに比べ、これは余りにも異様だ。何が子供たちをこれほど不安にさせているのか。

湯浅誠氏

東京では今年、定時制高校に受からなかった子が約300人。低所得化が進み公立高校の倍率が上がったが、落ちても私立に行く余裕が家にはない。定時制も統廃合が進み受け皿は減る一方で、ついに今年溢れてしまったのだ。多くは中卒として社会に出る旗かつてのように「金の卵」と喜ばれることはない。

かつて日本には「3つの傘」があった。後進国からスタートした日本は、国が多面的に産業支援を行ってきた。その中核が公共事業でこれが1つ目の傘。その傘の下には企業が、さらにその下には家庭が連なり、3つの傘がそれなりにうまく機能して経済成長を果たしてきた。が、90年代、バブル崩壊もあってそれは一変。新興国から追い上げられ、まず国が傘を閉じた。連動して傘は次々としぼみ、雨に濡れる人が増えていった。国はこのルートでしかお金を流してこなかったから、状況が変わった90年代以降も、景気対策という形でここにお金を流し続けた。しかし、傘の外の人には何の恩恵もなかった。それがこの20年間であり、今日の「見えにくい貧困問題」の背景なのだと思う。

ディスカッション

茂木 相談に来る人が多様化してきたというのは?

湯浅 最初はホームレスばかりだったのがどんどん家族持ちとか、高齢者だけでなく若者も増えてきました。相対的貧困層の世帯は15.7 %。平均収入の半分ぐらいの家庭ですね。モデルとしては夫婦と子供1 人の世帯で月収20万円。私の住むアパートにも該当する家族がいますが、一見貧困に見えない。車も持っているし、子供も丸々している(笑)。でもお母さんの心配は子供を高校へやれるがどうか。一切の余裕がないんです。お父さんが明日事故に遭えば、その月から家賃が払えなくなる。大きな病気をすれば手術も受けられない。今は生活できているけど、何か起きたら立ち行かなくなる人たちが増えている。

南場 私の田舎は新潟ですけど、3~4人家族で月収20万円の世帯なんてたくさんあると思う。

湯浅 地方に行って「貧困問題」と言うと「ホームレス問題みたいな部会の問題でしょ。この辺はないですよ」と言われる。それは見えていないだけ。だからなかなか深刻さが伝わらない。家族で抱え込む傾向も強いから、社会からますます見えなくなっているんです。その結果思いつめて家族を殺すような事件も起こる。

和田 生活保護の現状はどうなっていますか。

湯浅 現在170万人。1995年に88万人で底を打ちましたが、そのときの倍になっています。高齢者が5割、疾病・障害者世帯が4割、残りが失業などの理由による生活困窮者。数こそ多くないのですが、伸び率がこの1年で200% にもなる。それに、生活保護水準以下の所得しかない人たちは、全体では500万人いるというのが厚労省の見解です。

波頭 生活保護を受ける資格があるのに、330万人が受けていない。申請に来ても窓口で追い返してしまう、いわゆる「水際作戦」をやるんですよね。なんでそこまで意地悪をするのか。

湯浅 1つには偏見があるんですよ。「生活保護をもらってパチンコをやっている奴がいるじゃないか」と。実際、政治的に使われてきた歴史もある。九州などで、炭鉱閉鎖のときにごっそり生活保護にしたりして。あと、これもよく言われるのが「生活保護費が地方の財政を圧迫している」と。もともと生活保護費は4分の3が国負担で、4分の1が地方自治体負担です。支出だけ見ると結構な額なんですが、実際はその分地方交付税で手当てされる。でもそういうことは言わないし、マスコミも報道しない。

南場 生活保護を出せば子供を学校へやれるのにそれをしない。その学校へ行けなかった人たちの手当てが必要になって、逆にコストが高くつくわけでしょう。

湯浅 そう、結局損なんです。あえてお金の話をすると、厚労省のこんな試算があります。18~19歳の2年間、生活保護と同じだけの給付をして、かつ集中的な職業訓練をするコストは総額で約500万円だそうです。もしその子が定年まで働いてくれれば、納める税と社会保険料は、男性で約3500万円。断然プラスのほうが多い。ちゃんと支援すれば将来的にペイするのに、そのお金がもったいないと言う。

和田 国の考え方として、給付と雇用だったら雇用がいいと。最終的にはそうだけど、1000億円の雇用をつくるために下手に道路をつくると鬱さ円ぐらいかかる。その累積が借金800兆円。どっちが効率いいが……。

湯浅 そのとおりなんですけど、なかなか「そうだね」って言ってもらえない(笑)。

山崎 給付という形で、お金の形で循環させるのが一番コストがかからないんです。フェアネスも保ちやすい。ただ、官僚がおいしくないから抵抗する。

湯浅 官僚もそうかもしれませんが世論が厳しい。テレビで生活保護とかホームレスの番組をやると、相当の苦情が来るんです。彼らを叩く番組じゃない限り。日本は勤労イデオロギーが強すぎるんだと思う。勤勉はいいことだけど、あまりにも「労働こそ美徳」「働かざる者食うべからず」みたいな雰囲気が支配的。

上杉 湯浅さんは派遣村で大きく世の中の問題意識をつくった。でも一方で「給付金でお酒を買ってる」みたいな報道も目立った。私はあれ、政府のメディア対策の失敗があったのではないかと思いますが。

湯浅 私もメディア対応は失敗したと思います。ただあれは各自治体に実施責任があって、いわゆる「公設派遣村」は東京都の仕切りだった。初日にマスコミの人をほとんど規制しないので、本人のプライバシー保護の観点からもこれはまずいって広報の人に言ったんですが、結果としてそのままになってしまった。

山崎 セーフティネットとして、ベーシックインカムを考えた場合、湯浅さんはどれぐらいの額がピンときますか。5万円派と13万円派があるようですが。

湯浅 政府の決める最低生活費は大都市部の単身者で13万円ぐらい。だからこれが1つの基準でしょうか。5万円でも誰かと一緒に住めばいい、今時1人暮らしは贅沢だ、という意見もありますが、難しいのは単身高齢者です。今、高齢者世帯全体の20%、463万世帯あって、35% ぐらいまでずっと増え続けていくだろうと予想される。高齢者になってから誰かと住めというのも厳しいですしね。

茂木 セーフティネットは本当に必要だと思う。若い人がリスクを取らないから。子供の頃から「夢は正社員」で、大人しく大学3年の秋から就活をやってるロボットみたいな学生ばかり採ってたら、企業の業績が下がるのは当たり前。

湯浅 やはり、セーフティネットを早く整備することですね。安心がなければ何も始まらない。税の所得再分配効果をいかに高めるか、増税とセットで話していくしかないと思う。

波頭 国にとって待ったなしのタイミング。社会の底が抜けたら、それこそジャングル社会になってしまう。応援してます、湯浅さん。頑張ってください。