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新しい現実と国家の『経営者』の挑戦

キーノートスピーカー
冨山和彦(株式会社経営共創基盤代表取締役CEO)
ディスカッション
波頭亮、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、和田秀樹

キーノートスピーチ:新しい現実と国家の「経営者」の挑戦

冨山 昨今の欧米経済の状況はジャパナイゼーションと言われ、日本のたどった道を着々と歩んでいる。2008年のリーマンショックは、日本で言えばバブル崩壊だ。今の欧州は日本の1997年、米国は日本の2001年に相当する。また、ギリシャを拓銀、イタリアやスペインをりそなやUFJに例えることもできる。

かつての日本のように欧米は今、巨大な不良債権を抱えているわけだが、これに対する処方箋は税金を投入しての「貸し手・借り手の一体再生」しかない。しかしこの問題は実はそう簡単なものではない。私も産業再生機構の仕事を受けたとき、不良債権問題を乗り越えれば日本経済は安定的な成長軌道に戻ると信じていたが、そうではなかった。問題の底流に、先進国経済共通の慢性疾患が潜んでいるのだ。

その一つが「バブル体質」である。先進国間では基本的にお金が余っており、そのお金が常にバブルの場所を探して漂い続けている。おそらく今日の時点では、日本国債がバブルだろう。次に「財政赤字」。これも先進国が抱える共通の問題だ。財政赤字になる理由はいろいろあるが、最大の理由は、20世紀にほとんどの先進国が人口増加と所得増加を前提とした社会保障制度を導入したことだ。

冨山和彦氏

そして、特にここ20年ほど顕著な問題が「中間所得層の喪失」。労働集約産業が新興国に出ていくのは避けられないことであり、そうすると先進国には資本集約型の産業か、知識集約型の産業しか残らない。そしてそのいずれも、中間所得層を作る構造ではない。資本の担い手も知識の担い手もお金持ちになるからだ。そして中レベルの熟練技術を持っている人に対する労働需要がなくなり、中間層が剥落していく。その表裏の問題として産業の空洞化も起こり、さらに中間層がいなくなることで、慢性的な需給ギャップが起きる。

こういった先進国経済共通の慢性疾患が今の欧米経済の底流にあるわけだが、これに対する伝統的な経済政策は今のところ二通りしかない。一つはケインズ政策で、財政出動や減税をすることで需要を喚起するというものだ。しかし、これを赤字財政の状況下ですると、「合理的期待形成のわな」に陥る。つまり、将来増税することが容易に想像できるので家計がむしろ冷え込むのだ。これは日本が過去十数年間繰り返してきたパターンであり、財政出動をするとその瞬間は需要が生まれるが、家計は財布のひもを締めるので預金が積み上がるだけなのだ。一方、マネタリズム政策というアプローチもあるが、こちらには「流動性のわな」が待ち構えている。

このように先進国はどこもつらい状況に立たされているのだが、一方でアジアはどうだろうか。長期的な経済成長力は「人口」と「一人当たり生産性」つまり平均的教育水準で説明することができる。そして20年ぐらいのタームで考えると、やはり中華圏、インド圏が、人口と教育水準という点で、成長力があるといえるだろう。

こうした状況を踏まえ、日本の現状と、日本という国家をどう舵取りすべきかについて考えてみたい。もし日本人が等しく貧しくなってもいいと決断するのであれば別だが、そこそこの高賃金を維持するという前提で考えると、どうすればいいのだろうか。

まず産業構造についてであるが、前述のとおり、労働集約産業に頼ることはできず、結局のところ国内に残る雇用や産業は、「高度な知識集約産業」か「生産と消費が同時同場型のサービス産業」になる。すでに日本国内の雇用の70%がサービス産業である現実を踏まえると、「サービス産業でいかに雇用を吸収するか」「サービス産業でいかに人間らしい賃金を実現できるか」という問題が一つある。

次に成長戦略であるが、日本市場は世界の8%に過ぎず、人口減少・高齢化も避けられない状況にあるので、必然的にグローバル経済圏で勝つことが求められる。ただし、ここで勘違いしてはいけないことは、トヨタの中国オペレーションや米国オペレーションは、そこで何人雇用されようが、日本国政府を経営する立場からすると、あまり関係がないということだ。重要なことは、トヨタの高所得を生み出す雇用、つまり本社機能やR&D機能を、どれだけ日本に置いておけるかということだ。

そのためには、投資減税、R&D減税、繰越欠損のキャリーオーバーといった政策が有効である。また、日本にR&D機能を置くことが有利である状況を作る必要もある。たとえば医療機器などを日本で開発するとなると、現状では認可がなかなか下りないなどのハンデがある。

一方、国民一人あたりの生産性を向上させることも重要である。そのためには教育改革、入試改革を考える必要がある。欧米の大学では中国やインドのアジア学生を交えての過酷な競争が繰り広げられており、北京大学や香港大学も受験生がハーバードやスタンフォード、オックスブリッジと併願するなど、その存在感を高めている。そして相対的にレベルが落ちてきたように思われるのが東京大学だ。トップスクールのレベルの低下は、その国の研究開発、および、知的集約産業の危機に直結する問題である。

また、中間所得層の維持を目的とした所得の再分配も考える必要がある。有効な所得再分配をするためには既存のメカニズムを壊す必要があり、その本丸は社会保障費の抑制だ。ここから逃げることは難しいだろう。

現在、日本は円高に苦しんでいる。しかし実は、円高の今が、破綻なき再生が可能な最後のチャンスだ。今度、円安に振れるのは財政が破綻したときだろう。そうなるとインフレタックス型、つまり物価が上昇して通貨価値が下落する状態での再生となる。その場合は、貧しい人ほど悲惨な目に遭うことになる。

そういった事態を回避するには、不利益の再分配も辞さない覚悟が必要だ。日本の民主政治がそのことに耐えられる否か、重大な岐路に立たされている。