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新しい現実と国家の『経営者』の挑戦

キーノートスピーカー
冨山和彦(株式会社経営共創基盤代表取締役CEO)
ディスカッション
波頭亮、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、和田秀樹

ディスカッション

波頭 日本は経済政策一つとってもなかなか実現できないのはなぜでしょうか。

冨山 パラドクシカルになるのですが、政治的な政策的選択肢が動きやすいウィンドーが開くのは危機を伴う時です。小泉純一郎元首相のときにウィンドーが開いたのは、ギリシャ化する直前くらいの危機だったから。次に日本でウィンドーが開くのは財政危機の時でしょう。ウィンドーが開いた瞬間に一気に実行しないと機会を逃すことになります。

波頭 私は日本が変わるためには、1997年の韓国のようなパターンが現実的かもしれないと思っています。つまりIMFのような外圧によって否応なくジャパンシステムとは別のロジックが入ってくる形です。

冨山 それまで割と日本に似た構造でしたね。ゲマインシャフト型社会の宿命だと思いますが、日本の場合はやはり、外部に悪者を作ったほうがやりやすいです。卑下するのではなくて、外圧に頼ることは、ゲマインシャフト型社会が改革を進める知恵だと思います。1300年前も唐の圧力で大宝律令を入れて国会制度改革をやりました。カネボウもJALもそうです。

茂木 そもそも論として日本の教育システムに問題があると思う。東大法学部から霞が関に行くような人が国を指導しているという現状が、まずおかしい。文科省の初等中等教育のあり方や英語教育なども含めて、ある種のいらだちを覚えます。

和田 大学でも文系の先生だと、教授になってからは、自分の書く論文の参考文献が自分の本だけという人もいる。また、ゆとり教育やその他もろもろで、一般の大衆教育のレベルも下がりすぎた。

波頭 大衆教育というよりもトップの層が問題でしょう。米国は国民の平均学力では日本よりも下位にあるものの、GoogleやAmazonが登場し、日本よりずっと健全な経済成長をしています。だから大衆の教育水準ではなく、トップ層のレベルを大きく引き上げることができれば、インテリジェンス・インテンシブな産業を成長させることが可能なはずです。20世紀の工業の時代は大衆の教育水準がカギだったのに対して、21世紀はトップ層のレベルの高さが勝負を決めることになります。

冨山 匠についての議論があります。微妙な匠、つまり外国人でも一生懸命やれば同じことができるレベルの匠の仕事はなくなります。しかし本当の匠の仕事は円高でもなくなりません。代替性がないからです。その注射針がそこでしか作れないから、岡野工業には仕事が行くんです。そして、代替性がない匠を残していくには、中卒でも高卒でも、その人に年収を1000万円以上払わなければならない。しかし日本の産業構造は、彼らにそれだけの金額を払ってこなかった。

西川 こんな話を聞きました。ヤマハは職人を抱えていて、毎年ウィーンフィルが日本に来るのは、日本でしかホルンを直せないからだと。ヤマハが会社丸抱えで技術をキープしているのです。

冨山 その構造を支えられたのは、日本の会社にレントがあったからですが、日本の労働市場はきわめて非効率にできています。実体的な価値を作っている人が、中卒、高卒というだけで、年収500万円に甘んじてきたのです。

波頭 国家レベルの再分配ではなくて、バリューベースに基づいた企業内や、産業間のフェアな再分配が日本ではできてないのですね。

茂木 僕はやはり、教育の問題が大きいと思う。西川先生もそうですが、自然科学の人はそれなりに頑張っていると思います。一方で文系の先生は、世界的に見ると本当にプレゼンスがゼロだ。

冨山 法学も経済学も一子相伝の歌舞伎みたいな世界になってしまっています。

山崎 それを継承しないと自分のポジションがない。そもそも外国の文献を研究して、それを翻訳しているだけ。研究対象に帰依する感じです。ところで欧州危機についてはどう思われますか。

冨山 私は、欧州の民主的政治過程がそろそろ合理的な解を見いだすだろうと見ています。

波頭 私は、ドイツがいざとなったらEUを支えるだろうと思っています。ドイツは第二次世界大戦のヒトラーのことで心に傷を負っています。今回自分が離脱したことによってEUが解体したということになると、また百年負い目を感じることになりますから。

冨山 最後は北欧の、真面目に働いて貯蓄をしている人のお金を使うことになるでしょう。一方で南欧の人には貧乏になってもらうしかない。ここは極めてペインフルなプロセスになるでしょう。ただペインフルなプロセスに民主主義が対峙したときにどこへ行くかというと、できるだけ外科手術を避けようとします。これが今の現実です。そのときに出て来る政策は、財政出動に依存するか、中央銀行にお金を刷らせるか、です。今、世界中が過度な期待を中央銀行に対して持っています。

波頭 これは、資本主義と金融資本的帝国主義のスキームの破綻ではないでしょうか。

冨山 おっしゃるとおりでしょう。その背景には、ある意味でリアルキャピタルの力がなくなってきているという現実があります。つまりハードカレンシーの力がなくなってきていているのです。その一つの証拠が、圧倒的に資本力で有利だったらマイクロソフトを、スティーブ・ジョブズが一人でひっくり返したことです。これは産業資本の世界ではあり得ないことです。少なくとも鉄鋼産業や石油産業では絶対ない。だけどそれが起きるのが、今のキャピタリズム。産業資本主義から知識資本主義に移っていく過程において、従来のいろいろな国が、いろいろな意味で壁にぶつかっていているのです。

波頭 スキーム自体が限界にぶつかっている状況をどうするか。まさに先進国に共通の悩みですね。