波頭 私がアベノミクスについて心配しているのは格差の問題です。実体経済にも多少好影響を与えているとは言え、その何倍も資産格差が広がっています。再分配のプログラムもなく、さらに逆進性が高い消費税の引き上げも行われようとしています。
小幡 アベノミクスは確かに格差を拡大させますが、非常に良く出来た政策でもあって、短期的に、一番効果があるところを的確に突いています。たとえば、20代は結婚とか引越しとかを控えて堅実だから、団塊の世代など株を持っている世代に政策を効かせたほうが消費してくれるので、そこに効かせています。また株高になれば大企業にも効きます。ある意味、短期的には非常に賢い政策です。ただし、中長期的にそれが望ましいかというと話は別ですが。
波頭 株価で言うと、安倍政権が始まって3~4ヶ月で100兆円増えたわけです。そのうち40兆円くらいが外国人投資家の手にわたり、60兆円が日本人の懐に入った計算ですが、それも大半が資産家に転がり込んだわけで、どれだけ消費に回ったかと考えると、微々たるものです。これで景気回復につながるのか、と。
小幡 2003年から2007年にかけての円安株高局面でも確かに景気が回復しましたが、いろいろな経済学者が分析したところ、株高による消費増の効果はものすごく小さいことがわかっています。景気回復のほとんどの要因は輸出増による雇用回復、所得回復であったというのが多数派の意見です。
島田 金融緩和を進めれば、市場への円の流通量はかなりの額になると思われますが、それらを、たとえば子ども手当みたいな形でばらまくということはなされないのでしょうか。
山崎 ばらまきは官僚の利権にならないから、彼らが許さないでしょうね。
波頭 それこそ思い切ってベーシック・インカムでもやってみるべきだと思います。潜在成長率が下がった成熟国家の新しいステージとしてベーシック・インカムを世界に先駆けて実行してみせれば、スイスが永世中立国を宣言したのと同じくらい歴史に残る大英断になると思います。
森本 米国はアベノミクスをどのように見ているのでしょう。
小幡 為替競争という点では、あまり気にしていません。もともと強いドルを望んでいる国民が多いので、円安は気にならないようです。景気についても、米国は良くも悪くも日本の経済動向くらいでは揺らがないと思っているので、それほど関心はないようです。経済学者は歓迎している人が多いですね。米国人は、チャレンジや新しいことを応援する風土がありますから。ただ、重鎮の中には「クロダノミクスは大丈夫か」と思い始めている人もいるようです。
茂木 アベノミクスはともかく、クロダノミクスは行き過ぎ、ということでしょうか。
小幡 アベノミクスの賛成者の中にも、そう思っている人はいるでしょう。
山崎 でもリフレ派の人たちは、これくらいのことはやるだろうと思っていたはずですよ。
南場 マスコミの論調も今のところ温かいですね。
森本 支持率が高いから批判できないのでしょう。
上杉 安倍政権は前回の失敗を教訓にしているので、スピンコントロール、つまりメディア戦略を、今のところうまくやっています。4月1日にいろいろな物の値段が上がりましたが、そういうときに、国民栄誉賞の発表をしたり。
南場 その能力が高いだけでも現政権が非常にたくましく感じられます。
上杉 彼らの一番重要な目的は7月の参院選で過半数をとることなので、それまではまだ弾が用意されていると思います。ただ7月以降はもう何もなくなるのではないでしょうか。
森本 ターニングポイントは参院選の前か、後ですか。
小幡 私も選挙までは持ちこたえるのではないかと思っていましたが、4月1日に物の値段が上がって、少し潮目が変わりました。以前は、私がアベノミクスの問題点を講演すると、「気分よく盛り上がっている邪魔をするな」という反応でした。
島田 不吉なことを言うな、と。
小幡 マスコミも日刊ゲンダイ以外はあまり呼んでくれませんでしたが、最近はメインストリームにも記事を掲載してもらっています。
山崎 メディアは反対意見もくっつけておかなければいけないから、小幡さんは貴重な存在です。
小幡 政治も経済も、良い状態が続くと、それに慣れてしまうのです。株式市場を見ても、今、1万4000円で買った人がたくさんいます。彼らにとっては、8000円から1万4000円に上がったことはどうでもよくて、そこからさらに上がらないと不満が溜まるわけです。そう考えると、株式市場のターニングポイントは、意外に早く来るのかなと思います。