茂木 宇宙開発の技術は軍事利用も可能だと思います。たとえば米国や中国といった核保有国では、航空宇宙技術の研究者と軍との分離はなされているのでしょうか。また川口先生はそのことをどうお考えでしょうか。
川口 難しい質問です(笑)。たとえば米国航空宇宙学会のシンポジウムでは当たり前のように、軍服を着た人が発表したり、あるセッションはクローズドになったりします。つまり防衛と航空宇宙技術は表裏一体であることは事実と言えます。
森本 人間が住んでいる世界は基本的に法を守ることで秩序が維持されていますが、法でコントロールされていないドメインが3つあります。宇宙と海とサイバースペース。この3つに進出する主体は、日本だけが例外で、他は米国も中国も全部軍隊が主体で運用しています。そうしたジレンマを日本は抱えていますね。
川口 米国の50州の州立大学には、航空宇宙学科が必ずあります。その人たちには防衛産業という就職口がある。一方で日本では、数えるぐらいの大学にしか航空宇宙学科はなく、卒業生はどこへ行くかと言ったら、航空宇宙産業に行ける人はわずかで、自動車会社とかに就職できればまだいいですけど、大部分は証券会社とかクレジット会社とか。
南場 うちの社長もそうです(笑)。
川口 率直に言えば、防衛技術の進展が宇宙開発を引っ張っているということは、恐らく事実です。ただ、日本では両者を厳密に分離してきました。私たちの研究も、防衛省と一緒にできるのであればやったほうがいいと思うものもありますが、できません。
南場 それは何か、不文律のようなルールがあるのですか。
川口 ええ。特に大学は、軍学共同に関しては本当に厳しく制限されています。しかし効率的な行政という意味においては、いろんな試験設備の利用とか、実験とか、そういうことは防衛省と共同してやると非常に進む部分があると思います。JAXA法が改正されて、法的にはそうしたことも許されるようになったのですが、今も不文律によって守られています。
波頭 米国では大きなプロジェクトにはだいたいDARPA(国防高等研究計画局)が顔を出しますね。インターネットももともとはDARPAネットでした。
インターネットにせよ宇宙開発にせよ、国防という無限大のリターンを得るためには、彼らは巨額の研究開発投資を惜しみません。そして、そこからブレークスルーが生まれるものです。一方で、ビジネスや産業など、目先のROIがはじけるものを追いかけても、なかなかブレークスルーは生まれません。
川口 実は今、政府は宇宙開発の成果についての利用や応用に目を向けています。これまで宇宙開発の司令塔は文部科学省でしたが、管轄が経済産業省になってしまいました。おそらく今後、目先のことしか追わなくなるのではないでしょうか。
山崎 経産省がからむとブレイクスルーは期待できないですね。予算を無理やり分捕ってでも研究しよう、という人々を封じ込めていく体質がありますから。
西川 経産省は、文部科学省や厚生労働省と違って、自身ではお金は持たないんですよね。
南場 おそらく、マーケットメカニズムを入れようとするからでしょう。
波頭 だからマーケットでペイする範囲の話しかできなくなるのでしょう。
島田 やはり今後、どこかの惑星からレアメタルを採取してくるとか、宇宙船の実験から民生に活用できる新素材の開発につなげるとか、宇宙開発の目的はそういう方向に向かわざるをえないのでしょうか。
川口 宇宙開発の成果が社会に還元されることはもちろんありますが、経産省も少し誤解をしていると思います。たとえばプロペラ機の時代に、ジェット旅客機を夢見て技術開発をする人がいるとします。でも経産省の文化では、プロペラ機をいかに効率よく運行するかということに没頭するのです。そうした発想からは絶対ジェット旅客機の時代は来ません。だから私は、何か社会還元できるからということを謳い文句にして宇宙開発をすることは、ないと思います。
上杉 宇宙開発に対するマスコミの論調についてはどのように感じておられますか。私は1999年に鳩山邦夫さんの秘書をしていたとき、都知事選に当選したら宇宙飛行士養成学校を作るという政策を考えたのですが、そのときはマスコミから「空想的だ」「こんなばかな政策があるか」と叩かれました。日本のマスコミは夢のある話に対してもネガティブに攻撃することがあります。
川口 NASAが先日、小惑星をまるごと持ち帰るという奇想天外な企画を発表しました。日本で同じことを言ったらマスコミからは「何を言ってるんですか」と言われるかもしれませんね。日本には奇想天外を許す文化というか、変人を許容する文化がありません。そこは変えていくべきだと思います。