米国は、尖閣問題に対して、「領有権問題には中立」という立場をとっている。では、有事の際、安保条約によって米国は日本を守ってくれるのか。おそらく、尖閣に米国が兵を出すことはないと予想される。
日米安保条約では「日本国施政下の領域への武力攻撃に自国の憲法に従い行動する」とされているが、米国憲法では交戦権は議会にある。つまり、安保条約の条文がうたっているのは、米国議会の承認が出たら在日米軍が出動するということでしかない。そして米国議会は、他国の領土問題に兵を出すことを了承しないであろう。
中国が尖閣に兵を出したとすると、日米間の合意でまずは自衛隊が対応することになる。しかし、中国の兵力は日本が思う以上に強力で、自衛隊が守り切れない場合、尖閣は中国に占有されることになるだろう。そこで米軍の登場となるかといえば、中国が尖閣を占有しているとなると、もはや尖閣は日本の施政下とはいえなくなる。したがって、米軍が尖閣に兵を出す根拠はなくなってしまうのである。いずれにしても、米国が尖閣に安保条約を適用することはない。
米国が、自国の国益のために他国を近隣諸国と対立させるのは、決して新しい考え方ではない。かつても、日本とソ連の対立をあおり、緊張状態を演出した。
第2次世界大戦末期、米国は日本との本土決戦を見据え、中国大陸にいる関東軍を釘付けにするためにソ連の対日参戦を促した。そしてヤルタ会談において、ソ連が日本に宣戦布告する代わりに、千島列島の領有権を認めたのである。さらに戦後、ソ連が日本に入ってこようとすると、米国は北方四島のうち国後島、択捉島の占有を認めた。
日本側も、サンフランシスコ講和条約で、吉田茂首相が千島列島の放棄にサインし、国後・択捉を南千島と認めたことにより、日本が千島列島、国後島、択捉島の領有権を主張する法的根拠はゼロに等しくなった。そのため、外務省でも歯舞・色丹の二島返還を主軸として交渉を行い、鳩山一郎内閣時代の日ソ交渉でそれが話し合われた。
このとき、当時の重光葵外務大臣がジョン・フォスター・ダレス米国務長官に二島返還を打診すると、ダレスは「そんなことをしたら、沖縄は返せない」と日本を恫喝したのである。米国は、ソ連に対して国後・択捉の領有権を認めながら、日本に対しては四島返還を要求しろと言い続けた。ソ連を「日本の領土を奪った悪い国」と印象づけて、日米同盟を強化するためである。つまり、共産主義の拡大を阻止するために、領土問題を利用したのである。
それと同じことが尖閣でも行われている。戦後処理で尖閣の領有権は曖昧なまま放置された。それは、日中離反のために埋め込まれた爆弾のようなものだ。しかし、田中角栄と周恩来、園田直と鄧小平が大人の対応でそれを乗り切り、日中友好の機運を作った。ところが、1990年代半ばになって、尖閣の領有を日本が主張し始める。それは、自衛隊を海外で使うという構想が米国内で出てきて、そのためには日中間に緊張があったほうが都合がいいと考えられたからである。現在の日中対立は、そうした米国の思惑を色濃く反映しているのである。
米国の国際政治学者で知日派のジョセフ・ナイは、世界情勢をリアリズムと複合的相互依存の関係から説明している。リアリズムの国は領土・主権こそ最も大切なものと主張する国々で、そのために戦争を起こす可能性がある。現代では、インドとパキスタン、イスラエルとシリアなどがリアリズムの関係にある。一方、複合的相互依存の関係になると、戦争の可能性はなくなる。かつては武力衝突を起こした米国とカナダがそうであり、2度の大戦で衝突したフランスとドイツも現在は友好的な関係を育んでいる。戦争につながる石炭や鉄鋼の共同利用から相互依存関係を深め、「憎しみ合い」から「協力による実利」の関係を築いて、ヨーロッパの平和を作り上げていったのである。
このヨーロッパの協力関係をモデルにして、民主党の鳩山由紀夫内閣は、東アジア共同体構想を外交の柱として掲げた。しかし、米国の「ジャパンハンドラー」と呼ばれる人々は、この動きを非常に警戒している。
米国務省の日本部長を務めたケビン・メアはその著書『決断できない日本』(文春新書)で、「鳩山政権の東アジア構想は中国の思うつぼ」と批判し、ジョセフ・ナイは、「もし米国が東アジア共同体から外されていると感じたら、おそらく報復に出るだろう」と述べている。
このように、現在の日本は複雑にもつれ合った糸のなかで、尖閣問題を中国と争っている。米国の影響を受けた安倍政権の政策は、さらに日中の対立を深め、アジアを不安定化させる危険をはらんでいる。それなのにマスコミも国民も、その危険から目をそらしている現状に、私は強い危機感を持たざるをえない。日本は今、重大な岐路に立っている。