Report 活動報告詳細

HOME>活動報告一覧>尖閣問題を考える

尖閣問題を考える

キーノートスピーカー
孫崎享(元・外務省国際情報局長)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、西川伸一、山崎元、上杉隆

波頭 損得の話で言うと、バブルを膨らませた金融マンを彷彿させますね。金融マンは誰もが、このバブルは絶対におかしい、いつか弾けると思っている。でも、自分は危なくなったらサッと逃げ切ることができると思って、目の前の利益に乗っていく。今、外務省のアメリカンスクールの方々がしていることも、決して合理的とはいえませんが、とりあえず乗っておこうというマインドがあるのかもしれない。

山崎 そこから外れることは個人にとっては非合理的だから、正しいとか正しくないとかではなく、皆が得する方向に統一して動いていく。そのため、そこから外れることがますます不利になるというような均衡ですよね。

島田 その流れで、イスラム国の問題で集団的自衛権容認の糸口をつかみ、ナショナリズムをあおりつつ、領土問題で日中の軍事的衝突も辞さずという姿勢でいったとき、土壇場で米国にそっぽを向かれるかもしれないという認識は外務省のなかにあるのでしょうか。

孫崎 ウクライナの失敗が日本の将来だと思ったほうがいいでしょう。ウクライナ問題の背景を説明しますと、3~4年ぐらい前にNATOがロシアを仮想敵国としないということを言い始めるのです。それは米国の軍事的プレゼンス上きわめて大きな問題で、NATOの存在意義、さらには欧州の米軍基地の存在意義そのものを根底から揺るがします。それに危機感を持ったのが、米国のネオコン(Neoconservatism:米国の新保守主義)です。ウクライナ問題を仕切ったのは、ヨーロッパおよびユーラシア担当の米国務省の国務次官補ビクトリア・ヌーランドですが、彼女はネオコンの代表的論者の1人、ロバート・ケーガンの奥さんです。

彼女は親露派政権を崩壊させ、親欧米派の政権を誕生させました。親欧米派政権にしてみればバックに米国がついているわけですから、ロシアに対して強硬な発言を繰り返しました。その結果、プーチンが出てきてクリミアが独立・ロシア編入、さらには東部ウクライナで激しい内戦が始まりましたが、米国は結局出ていきません。まさに、この構図は日中間にも当てはまります。米国を後ろ盾に強硬なことを言っても、いざというときに米国が出てくることはありません。

上杉 「アメリカンスクール」は、メディアにもあります。今、主要メディアのトップは、ほぼ米ワシントン支局長やニューヨーク支局長を務めた人間です。彼らはそこで米国の影響を強く受けている。実際、米国にとって都合の悪いことを言った人間は何人も飛ばされていますから。私は既存のメディアに絶望して、ネットで新しい言論空間を作ろうとここ何年か奮闘しましたが、駄目でしたね。ネットだからといって一流のジャーナリストが集まるわけじゃない。三流レベルのジャーナリズムがネットに広がってしまいました。

南場 でも、ネットだと政府の統制はききにくいですよね。

上杉 いや、かえってききやすいかもしれませんよ。広告収入を大きな柱とすると、政府からお金の出ている代理店などが絡んできて、目に見えない圧力をかけたり、内容を改変することもできます。

南場 日本におけるメディアの考え方として、大政翼賛というものが伝統的にあるかもしれませんね。たとえば、フランスで襲撃を受けた『シャルリー・エブド』の風刺画に対する報道は、日本では異質でした。

上杉 『ニューヨーク・タイムズ』は3日間侃々諤々の議論をして、あれは差別で、表現の自由ではないということで表紙も含めて一切掲載しませんでした。一方、『ワシントン・ポスト』は表現の自由だということですべてを掲載しました。彼らはそれぞれ自己決定を行っているのです。ところが日本のメディアは最初の1週間は沈黙し、それから『ニューヨーク・タイムズ』はこう報じている、『ワシントン・ポスト』はこう報じていると述べて、決して自己決定を見せようとしないのです。自己決定ができないメディアは、政府に逆らう訓練ができていないので、自分たちで無意識のうちに考えることを放棄し、政府の広報機関に成り下がってしまうのです。

 リーダーシップをとる人は一流であってほしいと思うけれど、そういう人たちが国をリードすることはもうないのでしょうかね。官僚にしてもメディアにしても、三流と言っては悪いですけど、出来の悪い人たちがとんでもないことを行っているように見える。

上杉 思うのですが、かつての大本営発表の頃はこんな雰囲気だったんではないでしょうか。

波頭 怖いのは、盧溝橋で一発の銃声が日中戦争の火ぶたを切ったように、尖閣でのちょっとした小競り合いが、日中の全面的対決にまで発展してしまうことです。安倍政権の一連の姿勢を見ていくと、その危惧が現実のものになる可能性は少なくないように思えます。最悪の事態を回避するために、われわれもさらなる知恵を絞るべく言論空間から発信し続けたいと思っています。