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尖閣問題を考える

キーノートスピーカー
孫崎享(元・外務省国際情報局長)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、西川伸一、山崎元、上杉隆

ディスカッション

山崎 中東での安倍首相の演説がイスラム国を刺激することは外務官僚もわかるはずです。それを止めずにトラブルを招いたということは、官僚側が静かに安倍内閣から手を引こうとしているのではないか。

孫崎 現在の外務省の基本姿勢は、軍産複合的な米国と連携することが正しいという立場であり、その点からすると、日米関係を強化しようとする安倍政権は、彼らの利益に合致しています。外務省がどこまで先を読んでいたかはわかりませんが、結果的に、日本人が殺されることによって米国に地上軍派遣の動きが出てきて、ヨルダン、サウジアラビアなどがイスラム国への空爆を再開しました。日本でも集団的自衛権の行使容認が加速しています。2人の日本人が犠牲になったことによって、ある立場の人々にとって望ましい方向に事態が動いていることは事実です。

波頭 外務省の組織的コンセンサスとして、外交の基本姿勢は現在の武闘派的なスタンスでいいと思っているので
しょうか。

孫崎 いいと思っています。元・防衛官僚の柳澤協二氏も安倍政権の集団的自衛権容認に批判的な発言をしてにらまれていますが、かつて私にこう言いました。

「外務官僚は、われわれの命を何だと思っているんですか」防衛省の人間として自衛隊員が殺されるようなことになるのは許せないわけです。しかし外務省は、米国の先兵になっていればいいという考え方ですから、自衛隊員や民間人の安全には一片の配慮もありません。

島田 孫崎さんは、きちんと歴史的な証拠に基づいて検証されていて、だから尖閣問題も、国際司法裁判所に提訴しても必ずしも日本に有利な状況にはならないとおっしゃるのが非常に興味深かったのですが、それを外務官僚は認識していて、正当な理由で領土を主張できないから、ある種の戦乱状態に持っていったほうがいいと考えているのでしょうか。また、米国の軍事的プレゼンスの相対的な低下によって、米国の言いなりになる国に軍事費等を肩代わりさせるために、各地域にある種の戦争状態をあおっているというご指摘でしたが、それも外務省は認識しているのでしょうか。

孫崎 省内の人的なことを言うと、たとえばアジア局には昔はアジアを考える人たちがいました。しかし、まさに尖閣問題の方針が変わる1990年代半ばから、アジアで育った外交官ではなく、米国流の人たちがその場を押さえていったのです。どういうことかというと、外務省に入省すると海外の大学に留学します。よく言われる「アメリカンスクール」とは、米国の大学に留学した外交官たちのことです。彼らは、かつては北米局など米国にかかわるセクションに就きましたが、今は米国従属ですから日米関係に重大な問題は起こらない。そうすると、北米局に優秀な人材はいらなくなります。そのため、アジア局や中近東局に、「アメリカンスクール」の優秀な連中が配属される。そこで彼らは米国流の考え方で物事を進めるのです。

 米国留学経験者の1人として言うと、米国人といっても1人ひとり皆違う考え方を持っている。今のお話では外務省は「アメリカンスクール」に牛耳られているということですが、米国に留学した者のほうが、かえって多様な意見に触れて、一方に偏りすぎるのは危険だというバランス感覚が働くのではないかと思うのですが。

西川 対米従属だとしても、米国自体の対中国の姿勢が一枚岩ではありませんよね。中国が工業生産高で米国を抜いたという状況もあるわけで、米国のなかでも中国に対する態度にはいろいろな考え方があるはずです。

孫崎 そのご指摘はおっしゃるとおりで、米国も本当に目を向けなければならないのは、これから超大国となる中国をどうするかということなんです。ある中国人が「今、中国は喜んでいる。中東に米国が手出しをしてくれて、われわれのことを忘れてくれている。その間にわれわれはカを蓄える」というようなことを言っていましたが、まさにそれが米国のジレンマなんです。本来は中国対策に全力を傾けなければいけないのに、中東に手を焼いていちばん重要な問題に集中できないのです。

上杉 私も外務省の取材をしていて、初めはエリート主義だと思っていました。かつての外務省は官僚のなかでも採用試験が別で、東大在学中に受かって東大を中退して入省するのがエリートの道でした。しかし、田中眞紀子氏が外務大臣だった頃に発覚した「外交機密費問題」や、岡田克也氏が外務大臣のときに認めた日米安保の「4つの密約問題」を見て、エリート主義ではなく、無謬主義から単に失敗を隠そうとしているのにすぎないと思うようになりました。密約問題のときは、外交文書や秘密文書を飯倉公館の下で燃やしてしまったんです。海外では大きく取り上げられたこの事実を日本のメディアはまったく報じませんでしたが、これが明らかになった瞬間、私はもう外務省は駄目だと思いました。自分たちの間違いを認めない無謬主義に陥って、自分たちは間違えないんだと語っている。今回のイスラム国問題や尖閣問題で、ますますその思いを強くしています。

山崎 驕っているんですかね。単に自分たちに得なことをしているだけという、ゲーム理論的な均衡ができてしまっているようにも見えます。

 あらゆる事態は利用するためにある、という見方をする人が増えてしまったんじゃないですか。いろいろなことが起きてくれたほうが、自分の出世につながる、パフォーマンスを発揮できる、という。