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歴史に学ぶ地震・津波・噴火

キーノートスピーカー
磯田道史(歴史学者)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、南場智子、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

キーノートスピーチ

磯田 今、日本が抱える2つの問題——災害、特に津波と、中国から、日本のこれから進むべき道を考えてみたい。

このところ、箱根の山が不穏な動きを見せている。結論から言えば、水蒸気爆発程度はあるかもしれないが、短期的には大規模な噴火には至らないというのが私の見解である。箱根の山がドカンと爆発したのは鎌倉時代といわれているが、実は古文書にその記録は一切ない。放射性炭素年代測定で700~800年前に爆発があったことはわかっている。

磯田道史氏

資料がなくても、歴史学者はある程度の推測は立てられる。箱根は東海道筋の要衝で、いかに資料の乏しい鎌倉時代といえども、溶岩が噴出するような大きな噴火があれば、何らかの記録があるはずだ。それがないというのは、数日、あるいは1日で終息した水蒸気爆発だったのではないか。山体が変わるほどの大きな噴火は万年単位で起こるもので、水蒸気爆発は500年、1000年で繰り返される。だから、現在の箱根の山の火山活動の活発化は、鎌倉時代以来700年ぶりの水蒸気爆発につながる可能性が高いというのが最も現実的な見立てだろう。

箱根は富士山とも近く、その連動性にも注目が集まっている。700年代から1100年代まで、富士山は活発に噴火を繰り返していた。その後、噴火の間隔が開くようになり、最後の噴火は1707年の宝永の噴火。それ以後噴火はないが、江戸時代は山頂に煙が見え、明治時代には立ち上る噴気でまんじゅうをふかして売っていたほど、富士山は温かい山であった。しかし、昭和30年以降、山頂付近での蒸気の噴出はない。こうしたことを考えると、富士山の状況が切迫しているようには感じられない。

しかし、富士山がもし噴火した場合、どれほどの被害が出るかを想定しておく必要はあるだろう。宝永の噴火では、東京で4cm、横浜あたりで10cmの火山灰が積もった。気をつけなければいけないのは、積もった火山灰が積雪の10倍の重さになるということだ。10cmの火山灰は1mの積雪に相当する。富士山に近い、たとえば小田原あたりでは25~30cmの火山灰が積もると予想されるので、弱い木造家屋などは圧壊の危険がある。

宝永の噴火の記録では、火山灰は千葉県の銚子まで飛んだ。この状態がだいたい半月続く。その間、航空機の離着陸は不可能になり、火力発電所のフィルターが目詰まりを起こして、発電もストップする可能性が高い。

富士山より西側で発電して電力融通する体制を整えておけば最悪の事態だけは防げるが、どうも真剣に取り組まれている形跡がない。

次に、地震に目を向けてみよう。下図に示したように、日本列島に沿って南海トラフ、駿河トラフ、相模トラフという深い溝がつながっている。ABの岩盤が割れると南海地震、CDが割れると東南海地震、Eが割れると東海地震と呼ばれる。、1923年に関東を襲った関東大震災は大きな地震だと思われているようだが、実際は比較的小さな地震であり、Gの岩盤が割れただけでHまでは割れていなかった。GHの両方が割れたのが、元禄の関東地震である。

問題は、いつ地震がやって来るかだろう。南海地震、東南海地震についていえば、記録がはっきりしていて信頼できるのは、1500年頃の明応年間ぐらいから。そこから現在までの地震の発生頻度を見ると、最短で90年の間隔で発生し、150年来なかったことはない。古代はもっと間隔があいていると言う地震学者もいるが、歴史学者の立場で言わせてもらえば、弱い地震の場合は記録されないこともあるので、間隔があいているからといって必ずしも地震が起こらなかったということではない。

確実に精密なデータがとれるのは、ここ500年間であり、そのデータを見れば、最短90年、最長150年しか持たないというのが南海トラフの岩盤の寿命であることがわかる。前回の南海地震から70年経った現在、歴史的に見ればあと20年は地震が発生する確率は低いといえるかもしれない。いずれにしても、150年経って地震が起きなかったのは、この500年間にあった6回の南海地震のうち1回しかないわけだから、あと80年の間には起きると想定しておいたほうがいいだろう。

その地震によって、どれほどの津波が襲ってくるかも考えておかなければならない。津波の高さは、岩盤がどのようにずれるかによって決まる。岩盤が横に滑るように割れれば、たいして水も持ち上がらないので大きな津波になることは少ないが、縦方向に割れると大きく水が持ち上げられて、大津波が発生する。

過去の津波をその大きさによって3つに分け、確率を見てみると、十数メートルの高さを持つ「超巨大津波(明応1498年級)」が来る確率は20%、約6mの「巨大津波(慶長・宝永・安政級)」が来る確率は60%、約3mの「大津波(昭和東南海級)」は20%となる。岩盤がどのように割れるかは神のみぞ知るで、どのレベルの津波がやって来るかを予測することはできない。

高さ10m以上の津波が平野部を襲うとどうなるか。過去の事例を見ると、4km内陸部まで入り込んだ例が多い。しかも、2km内陸まで来て、ようやく浸水深が半分になる。東日本大震災で、10mの津波に襲われた閑上地区(宮城県名取市)では、500m内陸部で標高9mまで浸水、2km地点で同4mまで浸水、4kmまで水に浸かった。盛り土の上に造られた自動車専用道路が水をせき止めなければ、さらに奥まで浸水していたはずである。