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経済の現状と政策の優先順位

キーノートスピーカー
山崎元(経済評論家)
ディスカッション
波頭亮、磯田道史、島田雅彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、上杉隆

キーノートスピーチ:経済の現状と政策の優先順位

山崎 アベノミクス下にある現在の日本経済と政策について話す前に、本日の結論をまず一言申し上げておきます。それは、「バラマキは素晴しい」ということです。通常、バラマキという単語は否定的な意味で使われがちですが、「公平なバラマキ」は経済にとってたいへん有効に働きます。

現在の経済状況をざっと見ていくと、実質GDP成長率は、二〇一四年に消費税率を八%に引き上げた際に大きく落ち込みました。その後はゼロ付近を行ったり来たりと、いまいちパッとしない。

物価に関しても、二〇一三年に日銀が「二年で二%の物価安定の目標」を発表しましたが、いまだ達成できていません。

また、十年物国債の利回り(長期金利)は、マイナス金利政策の導入もあって、一段と下落しました。七月六日に過去最低のマイナス〇・二八五%を記録してからは上昇傾向にありますが、さりとてマイナス金利政策を撤回すれば一〇~一五円くらいは簡単に円高に振れてしまう可能性があり、止められる状況ではない。

山崎元氏

銀行貸し出しは、ほとんど伸びていません。日銀が市場にマネーを大量に流しても、資金需要が不足しているためです。

通常、日銀が市場にマネーを供給する際、日銀は市中銀行の保有する国債を購入し、市中銀行の当座預金口座にマネーを振り込みます。当座預金は金利が付かないので、どんどん貸し出しに回されるはずですが、銀行貸し出しは伸びず、日銀にある当座預金の残高だけが積み上がっている。必要を超える当座預金は通称「ブタ積み」と呼ばれますが、現在はこのブタ積みが膨れあがっている状態です。

一方で、アベノミクス以降、為替が円安に進むことで株価は大きく上がりました。日銀がインフレ目標を提示して将来の実質金利の期待を変えることで、為替が円安の方向に動き、これによって日経平均が上昇したといえるでしょう。

「山崎式経済時計」で経済を読み解く

それでは、日本の経済状況をより正確に捉えるために、時計を使って説明してみましょう(図表参照)。

山崎式経済時計

株価や地価などの資産価格を時計の針で示すと、十一~一時はバブルの状態、逆に五~七時はボトムの状態です。資産価格は、バブルとボトムのあいだをグルグルと循環しています。バブルがはじけた瞬間は、バブルの渦中にいるときにはわからないものです。資産価格がバブルの状態から五~一〇%下がっても、一時的な調整と見られることもあります。しかし、資産価格が高すぎることが経済にとって悪材料だと判断されると、本格的に下落し、一~二時の方向に向かいます。二~四時は、時計の針が早く回り、資産価格が一気に下がります。

バブルは、主として借金で過剰な投資をした結果、資産価格が高騰する状態です。資産価格が下がれば当然、ローンの劣化が起こり、不良債権が生まれます。

そして、銀行に不良債権が累積すると、銀行間で「あの銀行に金を回すのは危険ではないか」という疑心暗鬼が生まれ、流動性危機が生じます。この段階に至ると、中央銀行は民間銀行を潰さないために、「無限に資金を供給しますよ」と言い出します。時計の針が四~五時を指すタイミングです。リーマン・ショック後は、世界各国の経済時計の針が同時にちょうど五時を指した状態でした。

しかし、時計の針の下降は五時では止まりません。なぜなら、銀行のバランスシートが痛んでいるからです。中央銀行の支援で流動性は確保され、銀行は当面は潰れずに済みますが、大量の不良債権を抱えている状態で信用を拡大することは難しい。こうして信用収縮が発生し、五~六時のボトムの状況に向かっていくのです。

反対に六時を越えて七時の方向に経済をリバウンドさせるために必要なのは、銀行の不良債権額をオープンにし、損失処理の相手先を決めることです。日本の場合は、公的資金による処理や、増資をして乗り越えた銀行もありました。

不良債権処理が終わり、十分な自己資本を保有できる状態になると、ようやく融資を拡大できます。この段階に至ると、金融緩和が効くようになり、資産価格は自律回復していく。それが、七~九時の段階です。

九時を越えると好景気になり、十時、十一時へと時計の針がスムーズに進みます。日本の場合は、九時のラインを長い時間越えることができませんでしたが、アベノミクス後は、日銀によって十分な金融緩和が行なわれ、ようやく時計の針を進めることができた。その後は、典型的には資産価格が上昇し、ブームの状況に向かっていき、やがてバブルに近づいていくのです。

では、現在の日本は何時なのか。一国の経済状況は、外的要因にも左右されますので、先に外国の状況から見てみましょう。

アメリカは、昨年十二月に利上げを行なったので、十二時を回った形跡が濃厚です。さらなる利上げは、経済の失速を招く恐れがあり、現在は十二時から一時のあいだで留まっている状態です。

中国は、不動産価格の下落に加えて、株価も下がっており、四~五時に当たります。

ヨーロッパは、一度は八時くらいまで針を進めましたが、銀行問題が表面化し、七時に逆戻りしつつあります。不良債権が膨らむイタリアの銀行危機だけでなく、ドイツの銀行問題の影響に注目が集まります。

各国の状況を総合してみると、アメリカはピークを超え、中国とヨーロッパはボトムに近づいています。海外のいずれもマイナス要因が日本に影響しました。

そして現在の日本経済は、一昨年末にかけてアベノミクスによって十一時近くまで進みましたが、消費税増税でブレーキが掛かり、海外要因にも影響を受けた結果、十時くらいに逆戻りしてしまいました。

日本経済の処方箋

アベノミクスがめざしたのは、経済成長(一人当たりGDP)や失業率の低下、マイルドな物価上昇(年率二%)であり、これ自体は間違った政策目標ではありません。しかし、経済政策には「適切な再分配」という視点も必要です。アベノミクスにはこの部分が欠けていました。

従来型の財政出動は、政府が配分を決めても、魑魅魍魎が出現すれば、資源配分が歪められてしまう側面があります。実物への公共投資などで無駄なものをつくると、資源配分の失敗が固定化します。

また、国が「成長戦略」と称して、特定分野に資金を付けても、イノベーションは生まれません。政府がコントロールできないのなら、実質成長は民間に任せたほうがいい。

そこで資源配分を歪めない理想的な財政支出の方法として挙げられるのが、ベーシック・インカム(BI)です。BIとは、全国民に一律かつ無条件に一定額(毎月五万円など)の現金を給付する制度です。一家四人なら月に二〇万円なのでなんとか生きていけます。
BIを月五万円に設定すると、年間に必要な財源は約七五兆円。現在の社会保障支出は、医療費を除いて約七八兆円です。年金や雇用保険、生活保護を徐々にBIに置き換えていけば、十分に実現可能です。
しかもBIは、生活保護と違って、受け取りに“恥ずかしさ”を感じることもありません。失業しても生きていけるという一定の安心感をもてますから、老いも若きも失敗を恐れずに、いろいろなことにチャレンジできるようにもなります。

月五万円程度であれば、受給者の労働意欲が失われることもありません。その意味で、BIはシンプルで優しいセーフティネットといえます。

一律の手続きで給付されるBIなら、日本年金機構も、自治体の生活保護事務も不要となり、実質的に小さな政府を可能にします。

すぐに既存制度からBIへの移行は難しいかもしれませんが、「BI的」な方法を徐々に導入していくことは可能だと思います。例を挙げれば、給付付き税額控除や子ども手当といった政策です。BIという「公平なバラマキ」の政策を実施することで、優しい社会を小さな政府で実現できるのです。