磯田 日本はAI分野で立ち後れかねない、というお話がありました。二十代の人たちが高度な技術をもっていても、ほとんどの日本企業では彼らに意思決定権はありません。優れた機能を開発するためには、外部の人材も活用すべきだと思いますが、会社の壁が邪魔をしているケースが多い。松尾先生は、日本にとっていちばんの課題は何だと思われますか。
松尾 おっしゃるように、年功序列を前提とした日本企業の体質は問題でしょう。日本のGDPが数年前まで停滞していたのは、バブル崩壊が原因といわれますが、私は違う考えをもっています。経済成長の方向性と年功序列という制度の矛盾を解消できていないからです。
世界の企業の時価総額ランキングを見ると、アップル、アルファベット、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックなどアメリカのIT系企業が上位に名を連ねています。さらに、中国のテンセントやアリババもそれぞれベスト一〇に食い込んでいる。ところが、日本企業は四〇位前後に初めてトヨタが入るという現状です。
世界の経済成長を牽引しているITの分野では、二十代の能力が突出しています。しかし、その当たり前の現実を直視している人はほとんどいない、といわざるをえません。
上杉 よくわかります。海外メディアだと若手経営者は珍しくありませんが、日本のメディアは高齢者ばかりです。
磯田 年功序列という仕組みは、武士の時代からの負の遺産なんです。組織に長くいる人に特権を与える文化が近世に確立しました。譜代の家来は自動的に良い椅子に座れるし、「家」の長はある意味、絶対的存在です。
現在は「家」から「会社」という組織に移り変わったにすぎません。会社に長くいる人は、「ご褒美」として取締役の椅子をもらえる。そうした怠慢が自らの生存自体を危うくしていることになぜ気付かないのでしょうか。
波頭 日本の生産性が最も伸びたのは、明治維新と第二次大戦後です。長く居座っていた権力が一掃されたときに成長することを、日本はすでに経験しているんです。幕藩体制が外圧によって崩れたように、外からの強烈な圧力がないと国は変革できないのでしょう。
磯田 兼業や副業を拒む問題もあると思います。国立大学に籍を置く松尾先生や私が、ディープラーニングで起業をしようとしてもなかなか難しい。これも武士の時代に確立された悪しき伝統の一つです。
ひたすら主君に忠誠を尽くす人間だけに地位を与える。「武士かつ酒蔵のオーナー」といった兼業スタイルはありえなかった。外部で金儲けをしている人間は、人生の落伍者のような目で見られてしまいます。そんな旧来の考え方に哀愁をもって会社を経営していては、日本が沈没しかねません。
島田 日本では、最も優秀であるはずの二十代、三十代が単純労働を強いられていますね。
松尾 野球で若い選手がベンチに引っ込んでいて、監督が試合に出ているような状態です。これでは勝てるわけがない。いつの時代も若者は優秀ですから、彼らの力を引き出すことが、日本に活力を生み出す第一歩です。