茂木 では、その場合シニョリッジ(通貨発行益)はどうなるのでしょう?
山崎 通貨として認められたものに対して、最初に発行した人が大きな価値を享受することは、ある意味、通貨に不可避的に付いている必要悪のようなものではないでしょうか。
茂木 そうすると、雨後の筍みたいにどんどん新しい通貨がでてくる。その間の競争原理を規律する理論が必要ですね。
波頭 通貨のシニョリッジを担保するのは、最終的には国家の軍事力。つまり外交の安定性です。今でているプライベートな共通通貨としてのデジタル通貨は、その軍事力、安定性という担保にタダ乗りしているということです。⺠間のデジタル通貨が、それを肩代わりする力を持つことはどこまでいってもないでしょう。
神保 現実的に考えると、中国が人⺠元と連動するデジタル通貨を発行して世界通貨にするのでしょう。それは軍事力の背景があるから可能です。デジタル通貨は圧倒的に中国が有利です。
波頭 中国政府はデジタル通貨で国際通貨の覇権を握るチャンスをうかがっているのかもしれないですね。それこそ、茂木さんが言ったデジタルレーニニズムになってくる。
茂木 中国はビットコインを取り締まりました。もし、中国の中央銀行がデジタル通貨を出すなら、同時に⺠間のデジタル通貨はバージ(粛清)する方向に行くのでしょう。
波頭 そうでしょうね。
茂木 そのタイミングがいつ来るのか。1971 年のニクソン・ショック(ドル・ショック)みたいに突然パージされて、限りなく暗号資産の価値はゼロに近づく可能性もあるのではないでしょうか。
波頭 あるでしょう。シニョリッジの根底にある軍事力という最終的な通貨の基盤を暗号資産は持っていないのですから。
島田 そうなると、この先はますます中国が有利な状況です。
山崎 中国のデジタル・レーニン主義は、果たして、うまくいくのか、いかないのか。かつての社会主義計算論争では、資源配分の計算は当時のコンピューター能力では無理でしたが、今では計算可能なのかもしれません。もうすでに計算可能になっていて、経済の意思決定システムを、マーケット(自由市場)ではないもので置き換えることも技術的にできるのかもしれません。
茂木 マーケットは不要である、ということですね?
山崎 それは最終的には社会の意思決定次第です。例えば、哲学者の斎藤幸平さんが言うように、社会的共通資本をみんなでコミュニティ管理をするという方法もある。しかし、その方法だと、みんなで意思決定しなければならないことが多すぎます。
そもそも誰がシステムを作って誰が管理するのかも決めないといけない。現実的なスピードで事業を動かそうとすると、どうしても誰かの独裁が必要になる。そうしないと物事が動かないのでしょう。
そこで中央権力に任せると、今度は権力が個人データをすべて握ってしまうかもしれない。そうなったら、もはや個々人が自由な取引をしようとしても対抗できなくなる。やはり自由市場という形は残しておくべきなのでしょう。
島田 技術的に個人データを徹底的に集められるようになってきましたが、そのデータを何に使うのかというアイデアについては、はっきりしていませんね。
NSA による国際的監視網(PRISM)の実在を告発した元CIA のエドワード・スノーデンが摘発されたとき、当時上院軍事委員会委員⻑だったジョン・マケインが、「なんでNSA はこんな個人情報を全部集めるようなことをしたのか」と議会で問われ、「やれるから、やったんだ」と答えていました。つまり、具体的な目的なくNAS は個人情報を集めていた。
では、集めた個人情報を一元管理して何ができるのかと考えると、せいぜい脅し程度でしょう。中国の場合だったら、どうせ政府が個人情報はすべて握るという合意を国⺠がしているから、電子マネーの流通が非常に加速しました。
今、中国の街中ではパトロールをする警官すべてが凄いハイテクなヘルメットを被っているそうです。そのヘルメットは本部のコンピューターとつながっていて、犯罪の容疑者などが雑踏にいたら即座に反応するらしいですね。
山崎 技術的にはもうかなり高度な個人情報の管理もできるようになっていますね。
島田 人⺠がそれを認めている分、早くデジタル管理社会になっていくわけです。逆に匿名性を市⺠が権利として主張している国では遅くなる。
波頭 どのくらいの社会的便益のために、どのくらいの個人の自由を譲るのか。そのレベルは個人によってまったく異なります。例えば、危ない人が街中を歩かないということだけのために、個人情報をすべて譲り渡すのかどうか。
どんなに多くデータを集めて計算しても、社会的便益と個人的自由のバランスの最適解を判断できるようには思えません。