波頭 イーロン・マスク氏がなぜ今さらビットコインに投資したのかについては、売り抜けることによる話題性や名声が目的であって、もはや経済的動機ではないのでしょうね。
彼に限らず、豊かになりたいというこれまで普遍的であった経済的な動機は、今や必ずしも人間が合理的に生きるモチベーションにはなり得なくなっていますから。
その意味では、もう人間が生きる確たるモチベーションや動機はなくなっていて、あとはどう自己承認を自ら作り上げるかくらいしか残っていないのかもしれませんね。
島田 冷戦時代のイデオロギー問題は後退しても、旧来のヘゲモニー闘争の前提が残っていると、例えばこのテクノロジーはどっちの陣営が先んじるか、あるいは軍事的な優位性をどちらの国が確保するかなど、何か意義のあることが成⽴するような錯覚が生じます。
その錯覚に、みんながくっついて行くという構図が⻑らく続いてきました。しかし、ここにきてヘゲモニー闘争という幻想の化けの皮が剥げてきたため、陰謀説が入り込む余地が出てきたのでしょう。
波頭 人という生き物自体の本能として、承認欲求、支配欲求があります。最終的には権力になるのでしょうが、お金や何かを得て自己拡大したいというのが人間の本能です。
だから、社会的な合理性を逸脱したところまで人間は走ろうとするのではないでしょうか。この人は一体何のために、そんなことまでするのか? そう思うことが多くなりました。
山崎 ただイーロン・マスク氏について考えると、スカスカの時価総額で膨れ上がったテスラ株による財産があるから、その一部をビットコインに替えるのは、ポートフォリオ的に見ると、さほどおかしな話ではないでしょう。
波頭 確かにそうですが、マスク氏個人で見ると、もう明らかに必要な財産の額は遥かに超えているはずです。
茂木 山崎さんは、テスラのビジネスはスカスカだと見ているのですか?
山崎 テスラの時価総額はそうですね。時価総額ほどには企業価値が追いついてきていないという意味です。とはいえ、巨大な資産がある。それをビットコインに置き換えるのは、スカスカをスカスカに置き換えるのだから、そんなにおかしなことでもないように見えます。
島田 それこそ人文知の衰退ですね。
山崎 ビットコインはデジタル通貨の中の金みたいなものだから、新たなデジタル通貨が出てきても、ビットコインとは交換性があります。ただし、このビットコインの弱点は、通常のカレンシー(円やドルなどの通貨)との安定的な交換性がないことです。通貨としては交換に使いにくい。
自らビットコインを大量保有して、テスラのクルマをビットコインでも買えるようにして通常貨幣との交換価値を高める。そうマスク氏が考えたとしても、そんなに不自然ではないですね。
島田 それは経済的にやることがなくなったなかで、まだやれることはないだろうかという悲しい試みにも見えます。
山崎 暗号通貨に関して言うと、むしろ問題だと思うのは、各国の中央銀行がデジタルカレンシーを発行しないことです。
中央銀行が価値の安定したデジタルカレンシーを出して、トランザクションをローコストでできるようにしてしまえば効率が非常によくなるのですが、そうすると、一般の市中銀行の商売がなくなってしまうから、なかなかそうはできませんね。
そうなると、ビットコインが中心になるのか、フェイスブックのリブラが中心になるのかわかりませんが、やがては中央銀行券を代替するようなデジタルカレンシーが⺠間から出てきかねない状況になる。
中央銀行券を代替するカレンシーが出てくることが不適切だとは思いません。そもそも中央銀行は、タチの悪い独占企業みたいなものだから、もっと⺠主的な通貨があるならあったほうがいい。私はそう考えています。