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激変する世界情勢と日中関係

キーノートスピーカー
富坂聰(ジャーナリスト/拓殖大学海外事情研究所教授)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

キーノートスピーチ:米中首脳会談のテーマは北朝鮮問題にあらず

富坂 日本の報道を見ていると、世界情勢の読み方で海外メディアとのズレを感じます。

今年四月に米フロリダ州の高級別荘マールアラーゴで米中首脳会談が開かれた際、日本の新聞各紙は「会談の主要テーマは北朝鮮問題だった」と報じましたが、実際の議題は米中関係でした。同様に両国首脳が強く意識していた対ロシア問題についても、日本のメディアはほとんど触れていません。

中国が最も懸念していたのは、トランプ大統領がツイッターで「『一つの中国』を見直す」と言及したことです。日本人にはピンとこないかもしれませんが、中国人民解放軍の究極の任務は台湾統一です。中国共産党がどこまで本気なのかは疑問ですが、「一つの中国」の見直しを言及されると、中国政府は面子を保つために強硬な態度を見せざるをえません。

トランプ政権になって、米中間で大火事が起こる可能性が出てきたので、中国外交当局は発火しても最小限の被害に抑えられる関係を何とかして構築したいと考えました。その合意をトランプ大統領から得られるかが、会談のポイントでした。

富坂聰氏

会談後に習近平国家主席は「私とトランプ大統領は、長時間の話し合いを通じて、意思疎通を図り、互いに理解を深め、相互信頼を増進し、多くの重要な共通認識に至り、良好な関係を打ち立てることができた」と述べています。中国側の意向をアメリカにほぼ理解してもらったかたちになりました。合意のなかでは「核心的利益」という文言がアメリカ側に削除されるなどのマイナス要素もありましたが、中国としては八〇点くらいの点数は取れた感触だったでしょう。

米中関係に対する中国の心配は、王毅外相の言葉に顕著に表れています。王毅外相は三月上旬に「中国は少なからず米中の将来を懸念していた」と漏らしています。中国政府の高官がこれほど素直に述べるのは珍しいことです。トランプ大統領就任直後の中国は、米中関係が「寒い冬」に向かうことを覚悟したのではないか、と推測できます。その後関係が正常化してきたため、思わず安堵の気持ちが表れたのでしょう。米中首脳会談は、現在のところうまくいったと見ていいと思います。

シリア攻撃は米国の中国に対する「踏み絵」

米中首脳会談で夕食のデザートが出されたころ、トランプ大統領は、五九発のトマホーク巡航ミサイルをシリアに撃ち込んだことを習近平主席に伝えました。

シリア攻撃を聞いて、習近平主席が一〇秒間黙ったと報じられましたが、中国はじつはそれほど動じていませんでした。中国が本当に動揺するときは、外交部が慌ただしくなります。ところが、トマホークが撃ち込まれても外交部は落ち着いていて、アメリカを非難することなくすぐに中立的立場を取りました。

日本では「北朝鮮への見せしめのために、アメリカはシリアを攻撃した」と解釈する人もいましたが、この攻撃はもっと重要な意味をもっています。それは、シリアへの攻撃に対してどういう対応を取るか、ロシアとの関係をどう考えているか、と中国に迫る踏み絵です。中国がアメリカを非難しなかったのは、その踏み絵を踏んだということです。

習近平主席が米中首脳会談から帰国したあと、中国はシリアの化学兵器問題に関する国連安保理の決議を棄権しました。中国はじつは過去に十数回ほどしか拒否権を行使したことがなく、常任理事国のなかでは最少です。またその半数以上はシリアに関するもので、いずれもロシアと共に拒否権を行使しています。ところが、今回初めてシリアの問題でロシアと共同歩調を取らずに、棄権したのです。

中国としては「恥かき外交」と揶揄されても仕方がないのですが、アメリカに完全にすり寄るかたちを選びました。アメリカとの関係を維持するには、ロシアに対峙する踏み絵を踏まざるをえなかったのです。中国の安保理決議棄権を受けて会見したトランプ大統領は、「習近平主席と気が合う」とまでいいました。

じつは二〇一五年九月のオバマ大統領と習近平主席の米中首脳会談の前にも、これとまったく同じ動きがありました。二〇一四年にロシアがクリミア半島に侵攻したとき、中国は立場を鮮明にしませんでした。中国は自国にメリットがない場合、どちらかの国に付くことはありません。人道上の問題が起こっても非難をすることはなく、虎視眈々と両国から利益を得ようとする国です。

ウクライナ問題で中国が旗幟鮮明にしなかったことにアメリカは怒り、そのころからアメリカは「新型大国関係」という言葉をいっさい使わなくなりました。一方、アメリカとの関係を悪化させないために、中国は二〇一四年十一月の中央外事工作会議で「脱露入米」に舵を切ったと考えられています。十一月の決定を受けて、翌年一月に李克強首相がウクライナのポロシェンコ大統領と会談し、「ウクライナの主権と領土の保全を支持する」と述べました。これは非常に珍しい発言だったのですが、日本の新聞はほとんど報じていません。結果的に、二月に入って、米中首脳会談を九月に行なうことが発表されました。ウクライナへの中国の支持表明が踏み絵となって米中首脳会談をすると発表したのです。

このように、中国がロシア問題で踏み絵を踏んで、アメリカと首脳会談をすることは、ここ数年のパターンとみることもできます。中国にとって、アメリカとの関係構築は至上命題なのです。