このような問題意識を踏まえて、この後はそのヴィジョンと方法論について考えていくこげこします。
これからのヴィジョンを描くために、参考になるのは、90年代以降好調だった米国と北欧です。95年から05年までのGDP平均成長率はフィンランド3.6%、米国3.396、ノルウェー2.8%、スウェーデン2.7%、デンマーク2.1%と、日本の1.2%と比べると、2倍~3倍の伸びを示しています。
米国と北欧は、片や小さな政府の典型、片や大きな政府の典型という意味では対照的です。GDPに占める国家財政の比率(02年)は、米国の18.9%に対し、スウェーデンは28.0%、デンマークが26.1%と大きく開きがあります。国民負担率(04年)で見ても、米国の31.9%に対し、デンマーク72.5%、スウェーデン70.2%と、北欧2国は米国の2倍以上となっています。ちなみに日本は、GDPに占める国家財政の比率が17.9%、国民負担率が39.7%と、どちらかと言えば米国型の小さな政府の国になっています。
これだけ違う国がともにうまくいった理由を探ってみると、共通項が3つありました。「柔軟な雇用政策」、「高度な教育レベル」、「人口の増加」の3つです。
まず「柔軟な雇用政策」についてですが、北欧では、意外なことに簡単に雇用者を解雇することができるのです。要するに、不要な従業員を企業が比較的自由にクビにすることができるのです。企業の都合で解雇された人に対するセーフティ・ネットが充実しているので、企業もクビを切りやすいし、クビを切られるほうも企業にしがみつきません。その結果、弱体企業、弱体産業が温存されず、企業と産業の新陳代謝が進み、高い生産性の企業と将来性のある産業が発展しやすい条件が整えられているのです。
たとえば、デンマークでは、毎年11%の労働者が解雇されています。加えて、毎年20%の人が自発的に転職しています。つまり、労働人口の約3割が、毎年、職場を変えているわけです。これだけ流動性が高いのは、解雇された労働者の生活保障が手厚いうえ、国による転職支援がさかんで、再教育なども無料でどんどんやってくれるからです。
就業支援政策支出の対GDP比(05年)を見ると、デンマークは4.3%も使っています。日本の防衛費がGDPの約1%ですから、4%というのがいかに大きな数字なのか想像がつくでしょう。対して、日本の就業支援政策支出の対GDP比は0.7%ですから、比べものになりません。
その結果、デンマークの長期失業率はたったの0.1%(06年)。毎年11%が解雇される国であるのに、この長期失業率の低さは驚異的です。「十分な再雇用支援」、「リストラの自由度の高さ」、そして、「手厚い生活保障」というゴールデントライアングルが、それを可能にしているのです。生活の不安がなく、再就職も支援してくれて、企業もクビを切りやすい。この3つがセットになれば、経済は新陳代謝が活発になり高成長を遂げられるのです。
高福祉高負担の国というのは、かつてのイギリスのようにどんどん沈滞してしまうイメージが強かったのですが、雇用の柔軟性を確保し、企業や産業の新陳代謝を促進させれば生き生きと経済が伸びていけるというのは、成熟型の国家経済のあり方に大きな示唆を与えてくれるものだと思います。
一方、米国は、よく言われるように弱肉強食型のジャングル型経済です。小さな政府による市場メカニズム尊重の政策によって、企業活動の自由が保障され、解雇も比較的容易にできます。企業の競争力確保が優先され、その結果として生産性の高い産業構造が実現しているのです。企業と産業の新陳代謝が進み易いという点で、経済の活力維持の条件が整えられているわけです。
それに対して、日本、フランス、ドイツといった国は、雇用者の解雇が難しいことが特徴です。そのため不要な人が会社に居座るから、新しい人を雇用できないという悪循環に陥っています。その雇用の柔軟性の違いが、90年代後半以降の米国、北欧と、日本、ドイツ、フランスの好不調を分けた最大の要因だろうと理解することができるでしょう。