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下降社会で起きること

キーノートスピーカー
波頭亮(経済評論家)
ディスカッション
伊藤穰一、團紀彦、南場智子、山崎元、岸本周平、櫻井敬子、和田秀樹

「教育熱心」と言われるのに教育投資が少ない日本

次に、「教育」について見てみましょう。20世紀と21世紀の経済の最大の違いは、主力産業の性質の違いだと言うことができます。主力産業が設備投資型の重厚長大な製造業だった20世紀に対して、21世紀に主力産業となるのは、インテリジェンス集約型の知的高付加価値産業です。そして、このインテリジェンス集約型産業の基盤となるのは、知的水準の高い人の質と量であり、そのためには教育が重要になってくるわけです。

では、各国は教育に対してどれぐらい力を入れているのでしょうか。ます学校教育費の公約負担割合(04年)を見てみると、ノルウェー98.5%、フィンランド98.4%、スウェーデン97.0%、デンマーク93.4%と北欧諸国が軒並み高い数字なのに対し、日本は745%とかなりの開きがあります。

また公約負担に私的支出を足し、国全体としてどれぐらい教育におカネを使っているかを表す、学校教育費の対GDP比率(04年)では、米国が7.4%でトップ。北欧諸国もデンマーク7.2%、スウェーデン6.7%、ノルウェー6.6%、フィンランド6.1%と米国に次ぐのに対して、日本はたった4.7%しかありません。「日本は教育熱心な国だ」と言いますが、実際には教育に対して国家も国民もたいした投資をしていない国というのが実態なのです。

とくに高等教育、つまり、国家のインテリジェンスのトップラインを決定する大学生、大学院生一人あたりの公的財政支出額(02年)をみると、デンマーク約1万5000ドル、スウェーデン約1万4000ドル、ノルウエー約1万3000ドル、フィンランド約1万1000ドルと北欧諸国が上位を独占しています。私学中心の国である米国でさえ約9300ドル支出しているのに対して、日本は約4800ドルに過ぎません。高等教育に対して北欧の3分の1、米国の半分しか投資していないのです。

学校教育費の対G D P 比率
高等教育学生一人あたり公的財政支出額

80年代まで、北欧諸国は社会福祉的な政策が重くなりすぎて、活力のない国になっていました。それを立て直したのが教育です。北欧は、国家としての最優先投資事項として教育を重視。原則としてすべての教育を無料にしました。さらに、フィンランドとスウェーデンでは、高等教育期間中、学生に対して給与(勉学手当)や住居手当まで支払われています。その教育をドライビングフォースとして、高付加価値型の産業が伸び、国の経済を立て直したのです。

一方、米国も、レーガン元大統領の「危機に立つ国家(ANationatRisk)」レポート以降、教育を徹底的に強化しました。レーガンは、なんと「小学生の宿題を倍にしろ」という大統領令まで出したのです。小学生の宿題の量まで大統領が規定するのは考えてみればある意味異常なことですが.「教育はそれほど大事なことなのだ」という国家的メッセージがあるわけです。

その結果、北欧、米国と日本の学力格差は、どんどん広がっています。たとえば、18歳以上の男性を対象に、基本的な科学的知識や科学的な考え方をどれだけ身につけているのかを調査した科学技術リテラシー調査(01年)では、日本は先進国のなかで最低の54%の正解率でした。一方北欧は、正解率73%でトップのスウェーデンをはじめ、デンマーク67%、フィンランド67%と各国ともに非常に高く、米国も63%とそれに迫っています。要するに、現在の日本人は科学的にものを考えられなくなっている、国全体がロジカルでなくなっているということです。

この調査は18歳以上の男性を対象にしていますが、今の子供たちが成人になった頃には、おそらくもっと差がついているでしょう。かつて日本は、「勤勉さと教育の高さが強み」と言われていましたが、データでみると少なくとも教育の高さについては、もはやまったくその強みは消失してしまっているのです。

ちなみに、日本の子供が世界一なのは、テレビを見る時間です。子供が1日当たりテレビを見る時間は断トツの世界一です。そして家で勉強をする時間が一番短いのも日本です。国も親も教育に対して投資しないし、子供も勉強に時間を投入しない。それがいまの日本の姿なのです。

米国と北欧が21世紀に入っても成長し続けている3番目の理由は、「人口の増加」です。もちろん日本同様、人口の自然増はそれほど望めませんが、移民を積極的に受け入れることで米国は約3%、北欧諸国も1.5~2%程度の人口増加率を維持しています。05年の全人口に占める海外からの移住者の割合は、米国が12.9%、スウェーデンが12.4%と、全国人口の1割を超えているのに対して、日本はわずか1.6%に過ぎません。

GDPは技術係数と人口の数で決定されるわけですから、07年をピークにいよいよ人口がマイナスに転じたわが国は、真剣に移民を受け入れるための議論を始めなければならないと思います。もちろん日本以外の国においても、かつてのドイツのように大量の移民を受け入れて社会が混乱し、経済成長にあまり寄与できなかったケースも存在します。しかし、移民を受け入れるスピード、職種、上限の人数、受け入れ後の対処策等々について注意深く手立てを講じれば、有力な経済の推進力になり得るのです。実際米国と北欧は移民政策をうまく行って、経済成長の1つの原動力としているわけですから、これからは日本も移民数策について真剣に考えていくべきタイミングに来ていると思います。