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下降社会で起きること

キーノートスピーカー
波頭亮(経済評論家)
ディスカッション
伊藤穰一、團紀彦、南場智子、山崎元、岸本周平、櫻井敬子、和田秀樹

「住むに足る国」に日本を立て直す3つの基本方針

こうした問題認識に立って、以上の分析をこれからの日本立て直しのための方向性として総括すると、3つの基本方針に集約することができます。

第1の基本方針は、「産業の保護・支援を軸にした経済政策のスタンスを止める」ということです。

第2の基本方針は「高齢者・社会的弱者に対するセーフティ・ネットとして福祉・医療に大きな財政投資をする」ことです。

そして第3の基本方針は「経済の生産性を高め、高付加価値型の産業構造を実現するために、教育や研究開発を強化する」ことです。

第1の基本方針は、高度経済成長期以来のわが国の政治経済の基本方針の清算になります。国民生活よりも企業や産業のほうに目を向けて政策を立案し制度運営をして来たために、産業発展と国民生活の利害が一致しないような場合にきわめて非合理、非効率な政策が目立つようになって来ているのです。農業従事者や建設業従事者の生活を守るために、農業の既得権を守ったり、無駄な公共事業を増やしたりしてきましたが、このようなやり方は貴重な財源の使い方として非常に非効率なだけではなく、弱体産業を温存し産業構造を高付加価値鰹型にシフトしていくための大きな障害になっているのです。

第2、第3の基本方針である成熟社会に向けた国民福祉の充実や教育への注力を実行するための大前提として「産業の保護・支援を軸にした経済政策のスタンスを止める」ことば、必須不可欠の方針転換です。

第2の基本方針は成熟社会を安定させ、今後ともわが国が国民にとって「住むに足る国」であるための基本理念に据えるべき方針です。人口構成が成熟化して、高齢者が増えていくのに並行して、これからますます国際競争が厳しくなっていく経済環境の中では、これまで以上に社会的弱者が発生してしまうのはある意味不可避的現象です。その時にわが国の国民であれば誰でも医療を含む最低限の生活が保障されていることは先進国家として当然の条件です。

先の説明でも述べましたが、これまでの日本は欧州各国と比べると明らかに医療や福祉に対しては手薄な対応でした。ヨーロッパ各国以上のスピードで高齢化が進んでいくわが国の医療・福祉政策が従来のままでは、近代的姥捨て国家になってしまいます。わが国の国民である限執は、ホームレスになってしまったり、飢餓の恐れを感じたりしないですむ生活を公約に提供することは、国民感情の安定の基礎となり、ひいては安定した国家運営につながるわけですから、思い切った財政の投入は十分にペイする&ま宇です。何より不安のない国民生活の実現こそが政府の存在意義そのものなのですから。

第3の基本方針は、これから負担が増大する国民福祉や医療の充実を含む日々の豊かな生活を実現するための経済価値を生み出すための方針です。これまでの経済政策は特定の産業に対しておカネを投入して保護・支援を図る形のものが主流でしたが、これからは企業や産業の新陳代謝を促進し、労働者一人が生み出し得る経済的付加価値をより大きくするような方針で臨まなければなりません。

そのためには何と言っても教育と研究開発の強化が不可欠です。働く人が自らの知識やスキルに自信を持っていれば、転職やリストラを恐れないですむようになります。そのためには国家として教育と研究開発に可能な限り注力することが必要です。高付加価値型経済の時代には、国民の教育水準を上げることこそが最も重要な設備投資のようなものです。教育の充実を図り、人材能力の水準を向上させることは、これからの時代に最も合理的な産業政策と言えるでしょう。またそれは国民にとっては自らを高付加価値化するための労働政策であり、同時に生活を保障してくれる福祉政策でもあるのです。

以上3つの基本方針がこれから本格的に成熟化を迎えるわが国において、国民が豊かな生活を送ることのできる「住むに足る国」として存続していくための政治経済運営の柱となります。この3つの基本方針は従来の日本型の発展のやり方とはむしろ逆転した方法論なので、方針転換に際しては少なから宇混乱や失敗があるかもしれません。

しかし、人口が減少していくという厳然たる事実は止めようがありません。高度経済成長型工業化社会モデルから成熟型高付加価値経済福祉国家モデルへのシフトはマストです。100年に一度の経済危機どころか、わが国ばかりか先進国が歴史的に初めて経験する大きなチャレンジとして、理性的に勇気を持って進んでいくべき道だと考えます。