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崩壊へ向かう永続敗戦のレジーム~第二次安倍政権の軌跡

キーノートスピーカー
白井聡(文化学園大学助教)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、森本敏

キーノートスピーチ

白井 「永続敗戦」という言葉は、2つの事件をきっかけに思いついた造語である。1つは民主党による政権交代劇の失敗。結局グダグダになって自民党政権に戻るわけだが、最初のつまずきは普天間基地問題だった。当時の鳩山由紀夫首相は、日本国民が選挙を通して示した意思と、米国の意思の、どちらをとるかという状況に置かれていた。結局後者を選び、公約が守れずに辞任に追い込まれるのだが、そのとき奇怪だったのは、マスメディアがこの問題について「鳩山さんは変な人だ」という論調に徹していたことだ。政治家個人の資質の話にしておけば、日本の意思より米国の意思が優先されるという構造を見なくてすむ。これと同じようなことが3.11の福島第一原発事故の時にも垣間見えた。SPEEDIの情報を米軍には流し、国民には知らせないという一件がその象徴だ。

いったいこの国の権力はどこを向いているのか。いつからこのような状態が続いているのか。その起源は先の大戦終結時にまで溯る。玉音放送に「敗戦」とか「降伏」といった語彙はない。つまり、終戦という言葉で敗戦をごまかしたときから、丸山眞男が「無責任の体系」と表した社会構造が維持され、それが引き続き戦後日本の土台になる。

なぜこうした「敗戦の否認」が可能になったのかというと、直接には米国を主力とする連合国側の対日処理に起因する。大戦後に冷戦体制構造が出来上がり、米国としては日本の戦前の保守支配層を活用しなくてはならなくなった。だから米国は、戦争当時の指導層を総退陣させるわけでもなく、日本の保守層は米国に敗戦を免責して貰った。その代償が、無制限の対米服従という、今の日本の土台となっているものだ。

しかし1990年代に入り、こうした敗戦の否認をもたらした冷戦構造は終わりを告げる。米国は日本を無条件的な同盟国として扱う必然性はもはやなく、むしろ今度は収奪の対象と見ている。日本としても、こうした世界の構造変化に対応して、新しいレジームを作り出して行かなくてはならないはずなのだが、それができないでいる。なぜなら日本のパワーエリートは、無制限対米従属の姿勢をとることでその座を維持してきたからだ。彼らは自分たちの地位を守るためなら、日本の富を最後の一片に至るまで売り渡しかねない。これでは日本は永遠に負け続けざるを得ない、ということで「永続敗戦」という言葉を思いついたのだ。

こうした視点から現在の安倍政権を見てみよう。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」ということを唱えており、このスローガン自体は正しいと思うのだが、そもそも「戦後レジームとは無制限対米従属である」ということがわかっていない。

安倍政権がやっていることには2つの側面がある。一つは、対米従属の強化であり、永続敗戦レジームの純化である。しかし、永続敗戦レジームの柱である冷戦構造はすでに崩壊しており、このレジームを続けるためにはソ連に代わる仮想敵が必要になる。だから中国脅威論を展開し、共通の敵を作ることで冷戦時代と同じような日米関係に持っていこうとしている。このゲームに米国が付き合ってやる理由はない。「冷戦脳」とも言うべき世界観は病的である。

こうした対米従属姿勢を強める一方、安倍政権はイデオロギー上で対米自立を果たそうともしている。その象徴が歴史認識問題であり、靖国神社参拝問題である。しかし、こうした歴史修正主義的な言動が、日米の離間を意味することを、安倍政権はわかっていない。靖国神社を参拝すると言うことは、東京裁判やサンフランシスコ講和条約を認めないというメッセージを孕む。こうした状況をマスメディアも適切に報じていない。民主党政権時にほころびを見せた日米同盟の信頼は基本的に復活したという肯定的な報道をしているが、とんでもない。民主党政権より明確に対米従属の姿勢を打ち出しているにもかかわらず、戦後一番米国に冷遇されているのだ。チャック・ヘーゲル国防長官とジョン・ケリー国務長官が千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れたのは、安倍首相の「靖国神社はアーリントン墓地のようなものだ」という発言に対する「それは違う。アーリントン墓地と同等のものはここだ」という意思表示である。にもかかわらず靖国神社参拝を強行したのだから米国が「失望(disappointed)」と表明したのは当然だった。

米国の態度は今、失望から恐怖と怒りへと変わりつつある。フィナンシャル・タイムズの最近の記事に「ある元ホワイトハウス高官によれば、ジョン・ケリー国務長官は日本を『危険な国』とみなしている」「日本のナショナリズムが北京で対抗措置を引き起こすとの不安感もある」と書かれていた。最近、プルトニウムの返還請求問題が公になったが、これは米国が「日本にプルトニウムを持たせておくのは危険だ」と、日本への認識をより厳しくした表れだ。

そして、こうした「アベノクラシー」とも言える政治体制を受け入れているのが平和ぼけした大衆だ。反知性主義、順応主義が蔓延し、怒るべきところで怒らない。逆説的だが、そうした「家畜」になってしまった群衆を統治するのにもっとも適した形態が、「アベノクラシー」かもしれない。