Report 活動報告詳細

HOME>活動報告一覧>リベラル保守という構想

リベラル保守という構想

キーノートスピーカー
中島岳志(北海道大学法学部准教授)
ディスカッション
波頭亮、團紀彦、南場智子、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆、森本敏

ディスカッション

西川 アジア的思想の話のなかで、絶対的真理と述べられましたが、中島さん自身は絶対的真理があると確信しているのですか。科学者として非常に関心があります。

中島 人間と他の動物の違いは、死の認識、つまり生物の有限性の認識にあると思います。人はいつか死に、万物は有限であることをわれわれは知っています。この有限性を認識するためには、対概念として無限性という概念がなければなりません。それを神と捉えるか、仏と捉えるか、そこには文化的伝統があるわけですが、いずれにせよこの世界が有限である以上、その裏側には言葉で言い表しようのない何かがある。それを絶対的真理と便宜的に言っているわけです。

茂木 僕も科学者としての立場から言わせてもらうと、つい先日、分子生物学会に行ったら、バイオインフォマティクス一色なんです。これだけゲノム情報が解析されるようになると、その情報からある種の最適化をしようというアプローチが出てくる。それは中島さんの言う保守とは真逆の立ち位置ですが、真理を探究する科学者から見ると当然の流れです。むしろ政治の世界のほうがよくわからない。政治とは究極的には何なのですかね。

中島 多くの人は政治によっていろいろなことを実現できると考えていますが、本質的に言えば、自己と異なる他者と折り合いをつけるための合意形成、利害調整の技術でしょうね。

山崎 私は経済の立ち位置からうかがいたい。新自由主義を代表するフリードマンは、市場への規制は排除されるべきだと主張したわけですが、リベラル保守の立場としては、市場の有効性に懐疑的なのか、それとも現在の市場は人々の英知や失敗が積み重なって育ててきた大切なものだと考えるのか、どちらでしょう。

中島 どちらの立場にも立たないというのが、保守の神髄です。そのような二元論はよく聞かれるのですが、両極にある仮説には人間の思い上がりが含まれています。これを懐疑するのが保守なのです。実際、私たちは極端と極端が争っているなかで、その中間にある無数の選択肢を選んでいるんですね。ただ規制を緩和すればいいとは思いません。規制のなかにはさまざまな文明的な英知から生まれたものもある。しかし、それによってがんじがらめになることもまた経済の滞りをもたらす。その間のバランスをどう見極めるのかという知のあり方こそ、保守の英知ではないかと思うのです。

上杉 私は以前、鳩山邦夫事務所で秘書をしていて、民主党結党時を裏側で見てきました。党是について話し合う機会があって、そのときカントの「政治には蛇のような恰悧さが、道徳には鳩のような正直さが求められる」という話が出たんですね。結論から言うと、「蛇のほうが狡猾でいいかもしれないが、長い目で見れば正直にまさる政治はない。民主党はこれでいこう」と決まったんです。その精神が2009年の政権奪取につながった。鳩山由紀夫さんはこの話し合いをずっと覚えていたんです。だからこそ、鳩山政権の混迷は彼の正直さゆえでもあると思うんです。また、鳩山さん同様、だまされてもいいから正直にいこうよと主張し続けたのが、小沢一郎さんであり、海江田万里さんなんです。世間の印象は、まったく逆ですけどね。

中島 小沢さんについて言えば、理念の中心軸がどこにあるか、なかなかつかみづらい人ですね。彼の著書『日本改造計画』(講談社)を読むと生粋の新自由主義者のように見えますが、その後「国民の生活が第一」とまったく異なる主張を展開している。リスクの個人化からリスクの社会化へ大きく立ち位置を変えました。そういう意味では、ある強い思想に導くというよりも、状況のなかで必要なものを読み取り、そこで何かを動かそうとする人なのかもしれませんね。

上杉 『日本改造計画』で書いたことは、すべて小泉純一郎さんがやってしまったんですよね。でも、小沢さんは「誰がやっても、ちゃんと着地すればいいんだ」と言っていました。

中島 鳩山さんは非常に柔軟な人だと思いますが、ご自分の思いをうまく言語化できていないという印象を持っています。たとえば、鳩山政権が掲げた「東アジア共同体構想」にしても、いまひとつ思想性が伝わってきませんでした。

波頭 EUの統合をモチーフとしたアジア的統合を考えていたのでしょう。昔の八紘一宇的なものではない、対等かつ相互協調の強い共同体が鳩山さんの理想的なビジョンであったと思います。