最近は、ゲノム研究が歴史学を変えています。ゲノムは子孫に伝わって行くにつれて薄まっていきますが、数学的に計算をすると、二千年前でも一万年前でも遡っていけます。いつ民族間の交雑が起こったかということもゲノムを分析すればわかります。
『サイエンス』誌に出ていた論文によれば、スコットランドから日本までの多くの人のゲノムを研究した結果、モンゴルの人のゲノムが多くの地域の人のゲノムに含まれていることがわかりました。数学的に計算すると、西暦一〇〇〇年から一一〇〇年頃に交雑が起こったことが判明しています。これはジンギスカンの大遠征の時代と一致しています。
また、中央アジアの人のゲノムの中に、七百年間くらいにわたってアフリカ人のゲノムが入っていることもわかりました。これによって、奴隷貿易でアフリカ人を中央アジアに連れてきていたことが確認されました。
こうして、手がかりの残っていない過去の歴史も、現代人のゲノムを調べることによってわかってきました。
地球上には、かつて三種類の人類(デニソーバ人、ネアンデルタール人、現代人類)が存在していましたが、現代人類はネアンデルタール人と交雑していたこともわかってきました。ヨーロッパ人にも東アジア人にもネアンデルタール人の遺伝子が一~一・五%くらい入っています。アフリカ人の中にはネアンデルタール人の遺伝子はほとんど入っていません。
ネアンデルタール人と現代人類は、ともに北アフリカに住んでいましたが、そのときには交雑しておらず、アフリカを出て北方に行ってから交雑したと推測されています。ちなみに、ネアンデルタール人由来の遺伝子は、持続性うつ病や感情障害と関係していることが明らかにされています。
ゲノムの研究によって、手がかりの残っていない時代の人類の歴史も明らかになりつつあります。
ヒトゲノム・プロジェクトは、ダーウィンから始まった、「目に見えない因果性」を科学に取り戻す運動の中継点です。しかし、まだまだ「目に見えない因果性」を科学に取り戻すことはできていません。たとえば、善悪や意味や宗教を科学に取り戻す研究はできていません。
二十一世紀の研究者は、物理的な目に見えるものの研究だけではなく、「目に見えない因果性をいかに科学に取り戻すか」というテーマに挑んでいってもらいたいと思っています。