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深刻化していく米国の分裂現象~米社会の分裂現象は、今後も30年間続く

キーノートスピーカー
伊藤貫(国際政治/米国金融政策アナリスト)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、茂木健一郎、山崎元

キーノートスピーチ:「米国社会はアンフェアだ!」

伊藤 トランプ大統領は就任以来、「アメリカ第一主義」や「保護主義」を主張しています。こうした「トランプ現象」は一過性のものではありません。この背景には、構造的な要因があります。仮にトランプ大統領が明日辞任したとしても、このトランプ現象は続きます。今日はその理由を説明します。

米国を不安定にしているトランプ現象の要因は、「富の集中」「政治腐敗」「デモグラフィック・ファクター(人口要因)」の三つです。

最初に「富の集中」を解説します。アメリカでは、トップ一%層の平均収入は一三〇万ドル、日本円にして一・四億円ほどです。日本におけるトップ一%層の平均収入は一三〇〇万円ほどですから、一〇倍以上です。しかしトップ一%よりも、さらに富をもつ人たちがいます。トップ〇・一%の人たちです。トップ一%の人とトップ〇・一%の人では、収入の源泉が違います。トップ一%の人は、主にサラリーによって収入を得ていますが、トップ〇・一%には、金融商品から利益を得ている人が多い。つまりキャピタルゲイン(株式や債券などの取引から得られる利益)です。

伊藤貫氏

さらにその上には、トップ〇・〇一%の人たちがいます。この層には、ヘッジファンドのような金融業者と資本家が多い。S&P500(米国の大企業五百社)のトップの年収はだいたい二〇~三〇億円、多い人でも六〇~七〇億円程度です。それに対してヘッジファンド経営者の年収は二〇〇~三〇〇億円くらい。なかには年収四~五〇〇〇億円の人もいます。大企業五百社のトップ五〇〇人の年収を合計した額より、ヘッジファンド業者・トップ二五人の年収合計のほうが多いのです。

米国の中産階級の所得税率は、二八~三二%です。高収入の企業経営者の所得税率は、三九・六%。ところキャピタルゲイン税しか払わない年収数千億円のヘッジファンド業者には、低い税率しか課されません。

キャピタルゲインの税率はニクソン・カーター政権時には三五%でしたが、ブッシュ(父)政権時に三一%、民主党のクリントン政権時に急降下して二〇%、ブッシュ(子)政権時には一五%になりました。オバマ政権時に名目税率が二〇%に戻りましたが、米金融業の税制には多数の特別な税控除があり、ヘッジファンド業者たちの実効税率は九~一二%程度です。

毎年、何百億・何千億円もの収入のある金融業者に対する実効税率が九~一二%なのに、中産階級の所得税率は二八~三二%なのです。中産階級はこれに加えて、国民年金、医療保険税、州所得税も払わなければならない。米国の税制は、トップ〇・一%層の富が急上昇する仕組みになっているのです。

昨年のFRB(連邦準備制度理事会)の統計によれば、過去二五年間、国民のボトム九割の実質所得はじりじりと低下しています。その一方、トップ一%層の所得は、三倍になっている。しかも米経済のキャピタルゲインの五割が、トップ〇・一%層に獲得されています。

MIT(マサチューセッツ工科大学)の調査によると、一九五〇年~七三年の労働生産性は九七%上昇し、中産階級・労働者階級の平均所得も九五%上昇しました。この時期の米経済は、公正なシステムでした。ところが一九七三~二〇一三年までの四十年間、労働生産性は八〇%上昇したにもかかわらず、中産階級・労働者階級の実質平均所得は四%しか上がらなかった。アメリカの中産階級と労働者階級が「米国社会はアンフェアだ!」と怒りだしたのには、理由があるのです。