西川 中国は北朝鮮の現状維持を望んでいるということは、現在の金正恩体制でいいと思っているわけですか。
富坂 金正恩以外の人間が北朝鮮に影響力を行使できると中国は思っていないでしょうね。
島田 米中にとって北朝鮮が「必要悪」ということはわかったのですが、ロシアから見た場合はどうですか。
富坂 ロシアの情報を私はあまりもっていないのですが、直ちに金正恩を取り除かなければいけないとは思っていないはずです。ロシアは二〇一五年の戦勝七十周年記念パレードに金正恩を呼ぼうとしましたが、そのときは中国が圧力をかけて取り止めさせました。
島田 中国は朝露の接近を阻止したいということですか。
富坂 はい、中国はロシアの北朝鮮に対する影響力が高まることを嫌がっています。ロシアは六〇年代末からの中ソ戦争で中国に原爆を落とそうとした国です。中国はロシアと仲良くしているように見せていますが、それは国境を接しているからであって、ロシアに対する警戒心はそうとうなものです。
島田 そもそも金王朝をつくったのはロシアですよね。歴史は繰り返すというか先祖返りをして、北朝鮮が中国やアメリカから厳しい締め付けを受けたときに、ロシアと急接近するということは考えられませんか。
富坂 北朝鮮は大国の思惑の隙間にうまく付け込む国なので、やりかねないと思います。
それと、平壌に行ったときに気付いたのですが、北朝鮮に入ってきている物はほとんどが東南アジア経由でした。北朝鮮の貿易はブラックボックスのような国々を通じて行なわれています。そういう国とのつながりもあることを見ておく必要があります。
波頭 日本は北朝鮮問題に対して、影響力をもたらす余地はないのですか。
富坂 悲しいことですが、日本はもうプレーヤーですらなくなっています。ミサイル発射の情報も、韓国国家情報院やアメリカからもらっているのが実状です。北朝鮮は二〇一〇年ごろから、六カ国協議から日韓を外した四カ国協議を提案しています。彼らは図々しくも自分たちを核保有国と主張し、「核保有国だけで話し合おう」といっています。
波頭 中国にとっても極東外交においては、日本はメインプレーヤーではなくなってきていると考えた方がいいかもしれませんね。
富坂 そうかもしれません。中国では、日韓はアメリカに付随して動いているとの考え方が強まってきています。アメリカの世界戦略のために、韓国はTHAADを配備させられ、日本は安保法制を強行採決させられたと見ているのです。また中国は、アメリカと話をつければ日本とは話し合わなくていいと思っているようです。日本に対しては嫌がらせの意味もありますが、日本を軽視しているのは確かでしょう。
西川 富坂さんの話を聞いて、トランプ大統領は北朝鮮に行くかもしれないと思うようになりました。
富坂 さすがに米朝二国間会談には、高い壁があるだろうと思います。アメリカが嫌がります。だから基本的にアメリカは米中朝の三カ国で会談しようとするでしょうが、中国を外したいと北朝鮮が強く主張すれば二国間会談もありえます。一方、北朝鮮問題で米中が距離を縮めた場合は、アメリカが突然AIIB(アジアインフラ投資銀行)や「一帯一路」に参加することもあるかもしれません。
西川 ニクソン訪中と同じですね。
茂木 日本の政策がここまで劣化しているのは、シンクタンクのような機関がないからだと思うんです。イデオロギー的な集まりはありますが、きちんとした戦略を立てるシンクタンクがない。かつては官僚たちがその役割を担っていましたが、「政治主導」の名の下に官僚がやらなくなった。中国における政策立案は、どのような体制で行なわれているのですか。
富坂 それは習近平になってからかなり変わりました。習近平が二〇一三年につくった全面深化改革領導小組に人材を集約して、そこがタスクフォース的な役割を果たして計画をつくっています。
茂木 中国のエリート養成機関はどこですか。
富坂 有名なのは中国共産主義青年団です。李克強や胡錦濤はここから上がってきていますが、日本で言われているような派閥とは違いますし、共青団以外の人材も中央にはひしめいています。ちなみに習近平は、青年団ではありません。中国では中央と地方を行ったり来たりさせながら、振り落としていってエリートを選抜しています。また、早い段階から海外交流の機会をもたせています。李克強は日本に、習近平はアメリカにそれぞれホームステイをした経験があります。
また党は共産主義青年団だけでなく、いろいろなラインで二十年くらいかけてリーダーを養成します。その方法が成功しているかはわかりませんが、人材育成を積極的に行なっていることは間違いありません。