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「美の競争優位」がなぜ求められるのか?

キーノートスピーカー
山口周(コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

キーノートスピーチ:後世に残したいものをつくっているか

山口 スペースコロニー(宇宙植民地)に移住する際、日本の文化遺産のなかから一つだけ持っていけるとしたら、いったい何を選びますか?

このテーマでディスカッションをしてもらうと、天目茶碗、松林図屛風、桂離宮 、初代ウォークマンなどが挙がります。九割くらいは十八世紀以前のもので、二十世紀以降のものはあまり出てきません。メーカーの社員たちで議論してもらっても、自分たちがつくっている製品を挙げる人はほとんどいない。二十五世紀、三十世紀の子孫に譲り残したいものはつくっていない、ということかもしれません。

山口周氏

私たちは、二十世紀以降にいったい何を生み出してきたのでしょうか。たとえば、湖に浮かぶスワンボート。全国の湖にあり、スワンボートレースなども行なわれていますが、未来に残したいものでしょうか。

明大前(東京都世田谷区)など、電線がツタのようにグジャグジャに入り組んでいる地域があります。外国人から見ると日本の風物詩だそうですが、未来に残したい風景でしょうか。

経済学の世界では、産業革命以降、生産性は飛躍的に上がったといわれますが、何の生産性なのかを問うべき時期にきているのではないかと思います。江戸時代と比べると、日本の人口は約四倍に増え、労働時間は倍くらいになっています。石油資源の消費も大幅に増えた。ところが、完全循環型社会だった江戸時代と違って、現代社会は公害を生み、温暖化の懸念もあるなど、環境負荷が高まっています。現代は多くの人的資源・自然資源を使い、環境に負荷をかけているにもかかわらず、後世に残したい文化遺産はほとんどつくっていない。

ジョン・メイナード・ケインズは、一九三〇年に「孫の世代の経済的可能性」という講演をしています。このなかでケインズは、生産性がこのまま高まっていくと、一日に三時間働けばいい時代が百年後にやってくるだろう、と予言しています。あと十年ほどでケインズの予言した年がくるわけですが、現時点では一日七、八時間の労働が続いています。

ケインズの予言は外れたのでしょうか。彼は、人びとのニーズを満たすためには一日三時間の労働で済むようになるけれども、暇に耐えられない人が出てきて社会問題になるだろう、と述べています。余暇を楽しむには教養が必要になり、教養を身に付けられなかった人は暇に耐えられなくなる。じつはケインズは、働く時間は減らないと考えていたのではないでしょうか。

人びとの実質的なニーズを満たすための労働は三時間で終わってしまい、極論、残りの四~五時間はゴミを生み出したり、風景を醜くするための無意味な労働に費やされたりする。ケインズの予言は当たっているのかもしれません。

国際的な調査を見てみると、組織や仕事に対してエンゲージメント(愛着心)をもっている人の割合は、日本は世界最下位レベルです。たとえば米ギャラップ社の調査(二〇一七年発表)で、「熱意あふれる社員」の割合は、日本は六%で一三九カ国中一三二位。とはいえ、先進国で最も高いアメリカでも三二%です。つまり先進国では、七~八割の人は自分の仕事に意味を感じていないということです。

こういう世界をつくり出したのは誰なのか。一部の悪者のせいではなく、普通の会社で実直に働き、システムに絡め取られている人たちではないかと思います。

私は、資本主義というシステムをリプレース(置換)すべきと考えているわけではなく、システムのなかで動く人たちが、自分たちなりのヒューマニティ(人間味)をどう維持していくかが大事だと考えています。