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「美の競争優位」がなぜ求められるのか?

キーノートスピーカー
山口周(コーン・フェリー・ヘイグループ シニア・クライアント・パートナー)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

ディスカッション:「役に立たない」ものこそ価値がある

西川 僕は、ミュンスターとベルリンで研究所を建てるときにドイツにいましたけど、建築費の一部は芸術購入に回すと決めていました。芸術家のプレゼンテーションを聞き、教授会でどの絵を買うかをディスカッションしていた。科学者が芸術家とインタラクション(相互作用)していく仕組みができていました。

波頭 日本で美術に予算を使うというと、「ムダじゃないか。予算を削れ」という議論が必ず出てくる。イギリスやドイツでは理解されないでしょうね。絵のない建物なんて公的資金を使って建てるほどのものではない、というように。

西川 日本の大学だと、有識者に頼んで絵を買ってきてもらうパターンになる心配がありますね。そういう意味では、教授たちの参加型で買うのはいいことだと思います。

島田 ヨーロッパには科学と芸術が交わる環境がありますよね。エンリコ・フェルミに由来するフェルミ素粒子に「クォーク」という名前が付けられていますが、あれはジェイムズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』から取っている。科学者が同時代の前衛文学を読んで、敬意を払っているんですよ。

波頭 茂木さんは、エリート育成で話に出たケンブリッジにいらっしゃいましたよね。

茂木 ええ。ケンブリッジはおそらく、大衆のことを無視していると思います。日本では、インテリでも大衆のことをある程度は気にしなければいけない幻想がある一方、イギリスでは、階層別に横のコミュニティが形成されている。大衆はサッカーの試合に夢中でビールを飲んでいるけれど、インテリはワインを飲みながらテニスを観ている。「自分たちは違う世界にいるんだ」ということを前提に、言葉のパス回しをしています。

波頭 上位数パーセントの人以外は意識していないというのは、一億総中流意識の社会よりも、階層の多様性があるという意味でダイバーシティ化した社会といえますね。

茂木 未来に残したいものでいうと、山口さんは日本のアニメや漫画をどう評価されていますか?

山口 僕は、アニメや漫画は日本が誇る人類の文化遺産だと思っています。アートは役に立たないものかもしれないが、価値がある。私は、「役に立つ、立たない」「意味がある、ない」の四つでマトリックスをつくっています。昔は、役に立つ物をつくってビジネスをしていましたが、役に立つというのは何らかの問題解決をすることなので、いまはあまりニーズがなくなっています。

象徴的なのはコンビニです。はさみや電卓などの実用的な商品は、店内にほとんど一つしか置いてありません。他方で最も大きな売り場をもっているのは、タバコやお酒などの「役に立たない」ものです。僕もスモーカーなのでよくわかるのですが、タバコは役に立たないけれども自分にとっては意味がある。はさみや電卓は機能が優れたものしか残らなくなり、一つに収斂されていきます。タバコやお酒に何が美味しいかという正解はないので、多様な商品が生き残るのです。

日本はこれまで「役に立つもの」で儲けてきましたが、これからは「役に立たないけれども意味があるもの」でどう商売をしていくかを考える必要があるでしょう。