Report 活動報告詳細

HOME>活動報告一覧>「社会」の喪失から再生へ:平成の回顧と令和の展望

「社会」の喪失から再生へ:平成の回顧と令和の展望

キーノートスピーカー
與那覇潤(歴史学者)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、南場智子、西川伸一、茂木健一郎、山崎元、上杉隆

ネットの炎上と社会への期待

茂木 「脳科学幻想」のお話については、当の脳科学者自身がまともな人であるほど苦々しく思っています。たとえば宇宙論の話なら、ダークマター(暗黒物質)や小林・益川理論といわれても、素人は「わからない」と思うでしょう。でも脳科学の場合は、素人でも何となくわかる気がしてしまう。

じつはわれわれ脳科学者の研究は、世の中の人が求めているものとはまったく違います。それを話しても一般人には理解されないから、メディアが都合のいい部分だけを取り上げる。脳科学は素人でもわかるという錯覚が起こりやすく、俗論が跋扈しやすいんです。

イギリスのBBCは、視聴者がわかってもわからなくても、専門家同士の議論をそのまま放送します。ところがNHKの科学番組は、一般人でも理解できるようにしたいのか、レベル設定を低くしている。メディアが視聴者に合わせてレベルを下げてしまうから、日本はグローバルで知的な競争についていけなくなっています。

西川 茂木さんがおっしゃるように、イギリスでも他の国でも、さまざまなレイヤー(階層)の知識層が同時に存在していますね。

與那覇 全員に合わせると、「著名人とのお茶会番組」になりやすいんですね。議論の内容より「有名学者の意外な横顔」が売り物になってしまう。

南場 ただ、いまはあまりテレビを観ない時代になってきていますから、番組のレベルが低くてもあまり関係なくなっているような気もします。

茂木 私が最近観ている『SUITS』という弁護士ドラマでは、アメリカのエリートの凄まじい知的バトルが描かれています。南場さんはハーバードのビジネススクールで学ばれていましたが、実際の知的風土はいかがですか。

南場 ハーバードのビジネススクールは特別にレベルが高いわけではないと思いますよ。むしろ、一般の学部生のほうが真面目に勉強していました。

波頭 私は、正しいかどうかという軸は横に置いてでも言い合いで勝とうとするハーバード的な知性には、懐疑的です。話し合いで合意を得るために必要となるベースを疎かにしているような気がする。互いが歩み寄って共有するために必要なものは何か、それは共有することのできる正しさであるべきだと考えています。

與那覇 日本人は長らく、身体的な近接性に頼りすぎた面がありますね。とにかく一回メシを食おう、そうすればわかり合える、という発想です。

山崎 與那覇さんがおっしゃった「社会が消えた」というのは、世の中の大多数の人が社会というものに期待しなくなったということでしょうか。

與那覇 社会はもうないのに、「あるはずだ」という幻想だけが残っている気がします。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)には些細なことを過剰に攻撃する、人民裁判的な「炎上」があふれていますね。こいつを気に入らないのは自分だけじゃない、「世間様が許さないんだ」というかたちで、むりやり共同性をつくりだしているのだと思います。