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iPS細胞がひらく新しい医学

キーノートスピーカー
山中伸弥(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、團紀彦、西川伸一、山崎元

ディスカッション

西川 私はES細胞について長年研究していますが、山中さんの研究はまさしく、再生医療において大きな転換点でした。とくに海外の研究者は、大きなインパクトをもって受け止めていました。カトリックの国では受精卵を元にしたES細胞の使用は禁止されているので、山中さんの話を聞いたイタリア人の研究者は「政治が変わった」と驚愕していましたね。

山中 論文を発表する前に初めてiPS細胞について報告をしたのがカナダの学会でした。そのときの座長が西川先生だったので、鮮明に覚えています。

波頭 山中先生の研究費に関しては、国の支援打ち切りの可否が盛んに報道されました。私は、いまの日本において医療的な必要性の面でもiPS細胞の事業化競争の加速の面でも、この研究以上に資金を投入する必要性が高い分野は他にない、と思うのですが。

西川 山中さんからは言いにくいでしょうから補足させてもらうと、投資すべき研究の差配について、日本はトップダウンとボトムアップがゴチャ混ぜになっているんです。研究者からの突き上げがないと新しい研究は生まれないから、ボトムアップは必要でしょう。一方で、国が「この研究をしてほしい」とトップダウンで決めたら、研究費を付けて十年なら十年間、継続して研究を続ける必要がある。ところが三年ほど経つと、下からさまざまな意見が出てきて、研究費を止めてしまう。目的を決めたら最後までトップダウンで進める覚悟が必要だと思います。

島田 各国は、地下資源の開発に国家予算をふんだんに使っていますよね。日本でもメタンハイドレート(メタンを主成分とする化石燃料。「燃える氷」と呼ばれ、新エネルギーとして注目されている)のリサーチだけで三〇〇億円近い予算が下りている。iPS細胞をヒューマンリソースとするならば、この資源のストックを増やしていくことは、「油田」を獲得すること以上の価値があるのではないでしょうか。

波頭 再生医療分野は二十一世紀の日本が生きていくための「新しい油田」と位置付けるくらいの国家戦略が必要ですね。でなければ、新たな可能性もアメリカの製薬会社にすべてもっていかれてしまう。

島田 いまの日本政府は、アメリカに対抗する気概を失っている。彼の国と渡り合おうと考える政治家がいないですからね。

山中 たしかに、とりわけ医療に関してはアメリカの模倣をすることに慣れてしまっている節があります。「iPSストック事業はアメリカではやっていないではないか。日本はガラパゴスに陥るんじゃないか」とよく言われます。しかし、僕はアメリカの真似をするのではなく、アメリカに真似をさせたいんです。

波頭 アメリカだけでなく中国もそうですが、近ごろの最先端テクノロジーの実用化、事業化においては、国家的観点で取り組むスタイルです。日本もそういう取り組み方が必要です。

山崎 ただ、国家がテクノロジーの質を判断しようとするとき、そもそも彼らが技術評価をできないといけないですね。その能力がはたして役人にあるのか。むしろ民間で積み上がった資金のほうが頼りになるのではないかと思います。新たなファイナンスの仕組みづくりが必要でしょう。

西川 山中さんが二〇〇三年に科学技術振興機構の「CREST」という研究支援プロジェクトで審査される際は、大阪大学名誉教授の岸本忠三先生が長期間の資金を付けて下さいましたね。「山中が面白いことを言うとるから、ちょっと付けたるわ」と言って。

山中 あれは奇跡でしたね。現在の研究の礎にもなっており、本当に感謝しています。

 研究の意義をいくら周りに語っても、価値のわかる人は一万人に一人もいないんじゃないかと感じます。建築の世界でも、本当にクリエイティビティのある人は一生懸命に伝導するけれど、その魅力は実際につくってみないとなかなか伝わらない。発案者にしか見えないものがあると思います。

山中 おっしゃるとおりで、医学研究者に「皮膚の細胞を万能細胞にしたい」と言ったら、「何言ってんねん。やめとけ」と、十人中十人に止められました(笑)。ところが、奈良先端大には植物の研究をしている人も多くて、少し反応が違いました。植物が専門の教授から「植物なんて切ったらみんな万能細胞だよ」と返されて、目から鱗が落ちました。植物で可能なら人間に応用することも難しくないのでは、と思うことができたんです。

波頭 やはりiPS細胞は「新しい油田」ですね。世界の人の健康に日本が貢献できる、最大の可能性を秘めていると思います。