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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

西川 ドイツの東方外交は、ヴィリー・ブラントくらいからの伝統ですよね。それが今は、緑の党にしても本当に国粋的というか、今までのドイツとは全然違った論調にシフトしてしまっています。そういう状況を見ていると、今後ドイツがアメリカよりもいっそう極端に傾いていくおそれはあるように感じます。

波頭 その点に関しては私はやや違った見方をしていて、もう一回ドイツがウクライナとロシアの仲介役を買って出る可能性もあるんじゃないかと思っています。当初からドイツはロシア制裁に対しても腰が引けていましたが、ロシアを追い詰めても事態が好転しない状態が続けば、ドイツやフランスがもう一度停戦や和平の仲介役を果たそうとすることはありうるんじゃないでしょうか。

茂木 ちょっとだけ話を広げてしまうんですが、私は今回の戦争を理解するうえで一番重要なのはやはりエネルギー政策だと思っているんです。つまり、EVシフトにせよ、地球温暖化やSDGsにせよ、一見普遍的に価値があるとされていてみんなが反対しにくいようなアジェンダを利用して自らの利益を図ろうとする人たちが一定いて、その動向がエネルギーの安全保障と関わって戦争の行方を左右しているところがあるのではないか、ということです。実際のところ英語圏では、ダボス会議の評判がものすごく悪かったりします。エネルギーと、それから同じくらいエッセンシャルな領域である食の安全保障、そのあたりをめぐる動きについて神保さんのほうで考えておられることはありますか。

神保 再生可能エネルギーに関していうと、たとえばドイツは2030年までに60パーセントを再エネで賄う計画のもとで、脱原発を図る一方で再エネへのシフトを本格化させていました。脱原発に関しては、2011年の福島の原発事故をきっかけに脱原発の英断を下す一方で、すべてのエネルギーを再生可能エネルギーで賄えるようになるまでは、ロシアからのパイプラインで送られてくる化石燃料に依存する計画でした。今回のウクライナ紛争でドイツが対露制裁に加わったことへの報復として、ロシアによってノルドストリーム1のパイプラインを止められてしまったことを考えると、ドイツがロシアリスクを過小評価したとの誹りは免れないのかもしれません。福島の惨状を目の当たりにして、チェルノブイリも経験しているドイツとしては、脱原発は政策判断としては自然な成り行きだったかもしれませんが、それと引き換えにロシアに依存することのリスクを正当にアセスメントできていたのかどうかは、今後問われざるを得ないと思います。

ただ、たとえばデンマークなどの他のヨーロッパ諸国も、2030年までに再エネのシェアを80パーセントまで上げるなどの目標を立て、現実的にそれを目指して動きはじめていました。今回のウクライナ有事が引き起こすエネルギー危機が起こるタイミングが、デンマークのように再エネシフトがある程度進んだ後であれば、ドイツがここまで苦境に陥ることもなかったかもしれません。

逆に言うとロシアとしては、ウクライナ侵攻を行うにあたり、ヨーロッパの再エネシフトがある程度完了し、ロシアの石油や天然ガスを必要としなくなってからでは手遅れになるわけです。

それと、先ほどの西川さんの話について言うと、ドイツのロシアに対するメンタリティは、日本の中国や韓国に対するメンタリティとよく似ているところがあると言われています。第二次世界大戦時に不可侵条約を一方的に破棄してソ連に攻め入り、ソ連側に夥しい数の犠牲者を出したことで、ドイツはロシアに対して根強い贖罪意識を持っていると言われています。そのことが戦後ドイツの対露外交に大きく影響していて、他の国がロシア脅威論を主張していても、ドイツだけはロシアを包摂するスタンスを一貫して持っていました。今回はそれが裏目に出たわけです。

裏を返せば、今回のロシアの行動は、ドイツの温情を完全に無下にするものだったとも言えます。ドイツ人にしてみれば「これだけ寄り添ってきたのにロシアはエネルギーを止めるなんてことを平気でしてくる国だった。やっぱりロシアは信用できない」みたいな話になってもまったく不思議はありません。だから、今回の一件がドイツの世論や、ひいてはドイツの外交政策に大きく影響してくる可能性は否定できません。

西川 基本的にドイツ人は、知的なスタンスを受け入れる余地のある国民だと思います。ただ最近はどうも、私自身ドイツに住んでいたからこそ思うことではあるんですが、ロシアに対して融和的であるべしといった意見が全体的に圧殺されているような感覚があるんですよね。

波頭 そうはいっても、ドイツ人のナチスの犯罪に対する反省の念はやはり相当強いものがあるのではないでしょうか。第二次世界大戦の反省をベースにして最も理性的に包摂主義を考えている国民であるドイツ人が、「ロシアをいくら追い詰めてもうまくいかない、対立を煽っても泥沼化するばかりで解決にはならない」という判断にもう一度転じて、仲裁の役割を買って出ることはありうるんじゃないかと期待してしまいます。

 しかし他方で「包摂主義がユダヤ人の虐殺を招いた」ということも言えるんですよね。つまり、あの時代に最も激しいポグロムに遭った人たちを最も歓迎したのがドイツであり、そのことがユダヤ系の人たちに自国の社会経済を席巻される結果を招いた側面もあるわけです。「ドイツ人が銃を持つと必ずロシアに向けられる」なんて言葉もありますが、今回もこれまでの歴史と同じような道を辿るおそれは十分あると思います。メルケルは東ドイツ出身ということで、やはりロシアに対するシンパシーが多少あったのだろうと思いますが、これから先に関して言うと、ドイツが完全に反露に舵を切る可能性もあるんじゃないかという気はしますね。

西川 ただ、ヨーロッパの動きはやはり大事になるだろうとは私も思っています。フランスのマクロンも、いろいろ批判を浴びてはいるものの、ある程度アメリカから独立した発言をきちんとしていますし、ドイツもシュレーダーなどは融和的な立場をとっています。この大陸ヨーロッパの2つの大国が、イギリスと同じようなスタンスを取ることなく調整に入るといったことがない限り、アメリカだけで事を収束させるのはなかなか難しいでしょう。

神保 エネルギーに関して補足しておくと、元々アメリカはもう世界一のエネルギー大国なんですね。これまでは、シェールオイルやシェールガスを抽出するのにコストがかかるので、無理に国内需要を国産の石油で賄ったり、石油を海外に輸出したりするメリットがなかった。これはあくまで経済的な理由でした。それが、燃料の価格がここまで高騰してくると、もはやアメリカのシェールガスの採掘を妨げるものはありません。もちろん、港湾の整備をはじめとする対応がどれくらいのスピードで行えるのかは別問題としてあるわけですが、しかしアメリカがドイツのエネルギー供給を賄うようになることは、十分にありうると思います。それによってエネルギーの依存先がロシアからアメリカに移ることも考えうるでしょう。

ただ、シェールガス採掘に関しては、いくら利益を生むとは言え環境負荷が非常に高いので、少なくともここまでバイデン政権はそれを採掘しない方針を崩していません。これが再びトランプが政権を奪還するようなことになれば、アメリカは一気にシェールガス輸出大国になる可能性が高いと思います。だから、アメリカが今後資源保有国としてどういう歩み方をするかは、大統領選挙次第ということになるでしょう。

いずれにせよアメリカに、ロシアに依存せずとも自国や自陣営の国々の需要を賄えるだけの資源があるということが、今後地政学的に重要な要素になってくるでしょう。

西川 停戦になったとしても、やはり安保上のモーメントは働いてしまいますよね。

神保 そう思います。またいつ戦いが再開されるかもわからないですし、ノルドストリームが供給再開となったからといってそれですべてが解決するということにはならないでしょう。それに、アメリカもこれだけLNG輸出に向けた投資を積極的に行っている以上、ちょっとやそっとのことで輸出をやめるわけにはいかないでしょう。そうなると、たとえばエネルギー資源の価格を高い水準にとどめるためにアメリカが手を尽くすといった事態は起こりうるでしょうし、場合によってはそれが新たな紛争の引き金として作用することもあるだろうと思います。