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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

以上、アメリカの対露政策とロシア – ウクライナ関係の推移についてお話ししてきましたが、ここで重要なのは、アメリカの外交サークルにおいてNATO拡大と対露主戦論を一貫して主張しつづけてきたのが、先にお話ししたネオコン勢力であるということです。ですから、ネオコンが影響力を持っていた政権では、NATOの東方拡大がどんどん進みました。ネオコンの人たちは、アメリカ的な価値観をあまねく世界に広めて民主化していくことを理念的に正しいと信じ、人によっては「神から授かった使命である」といったある種宗教的な信念を持って、政策的な主張をしつづけてきました。それが今回のロシア – ウクライナ戦争やその開戦に至る経緯に大きな影響を与えたことは、疑う余地がないと思います。

加えて何より厄介なのは、件のネオコン勢力の支持基盤がアメリカの軍需産業という、NATO拡大に伴って各所で軍事的な緊張が高まれば高まるだけ得をする人たちであるという点です。NATOの拡大はすなわちアメリカ軍需産業のマーケット拡大そのものですし、実際に睨み合いや紛争が起これば武器の需要も高まります。ネオコンの主張が政策に反映されればされるだけ、その支持基盤たる軍需産業が潤うという構造が見事に出来上がっているわけです。これが意図して作り出された構造なのか、あるいは結果的にこういう形になってしまったのかはわかりませんが、いずれにせよこういう厄介な構造が存在するのは確かです。

2022年2月24日以降にアメリカからウクライナになされた軍事支援の総額を、公式に発表されている情報をもとに推計すると、およそ175億ドルという金額になります。現在のドル円のレートで換算すると、日本円で2兆円強くらいになる金額かと思います。これがどれくらいの金額かというと、まずウクライナ自身の年間の軍事予算が59億ドル(2021年)ですから、すでにその3倍もの金額に相当する支援がアメリカから行われていることになります。そしてそれは、それだけ巨額のお金がアメリカの軍需企業(主には8社)の懐に入り込んでいることを意味します。アメリカはウクライナにはカネではなく武器を現物供与し、その代金は軍事予算としてアメリカの軍事産業に入るわけです。それらの企業の中には、先にご紹介したレイセオン社やゼネラル・ダイナミックス社といった、ISWの主要スポンサーになっている企業が含まれています。

ロシアの年間の軍事予算はおよそ659億ドルで、元々ウクライナの10倍あまりあります。そのウクライナに対して、アメリカがこれだけ大きな金額をつぎ込んでいるからこそ、現在の均衡が保たれていると言えます。ただ、これだけの軍事支援を可能にするアメリカ自身の軍事費の規模は約8006億ドル(日本円で約90兆円)と、ロシアのさらに10倍以上にのぼります。もちろんダントツの世界1位であり、2位から10位の国々の軍事費をすべて足してもアメリカのそれには及びません。現在は中国が頑張って軍事費を増強していますが、まだまだアメリカには遠く及びません。

まさにこれが、1961年の年初にアイゼンハワー大統領が退任演説で表明した懸念でした。ウクライナ戦争を機に、アメリカの軍需産業には新たに膨大な資金が注ぎ込まれています。ウクライナ支援と言っても、実際にはアメリカはウクライナに武器を現物供与し、その分の費用が国防総省予算として新たに支出されています。そのため結局、今回の戦争の帰趨は、アメリカがどこまでウクライナを支えつづけるのか、ロシアを圧倒できる新型兵器をいつまで供与しつづけるのかにかかっている。事実上アメリカとロシアの戦争です。もっとも、その間、実際に戦場で命を落とすのはウクライナの人たちであり、破壊されるのもウクライナの街であるわけですが。