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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

波頭 最後に、中島さんからもう一言お願いできますか。

中島 ありがとうございます。私が最も気になっているのは、やはり日本外交なんですね。日本はロシアに対して、大使館員の送還やプーチンの個人資産凍結といった相当厳しい措置をとったわけですが、これはほとんど「あなたのことはもう相手にしません」という外交上のメッセージとして伝わってしまうでしょう。ただ、外交というものは本来、継続していくこと自体が非常に重要なもので、外交において最も重要なのは次の約束を取り付けることだと言ってもいいくらいだと思うんです。それというのも、外交には基本的に「終わり」がないからですね。

にもかかわらず、日本は今回、外交でこれほど極端に走ったのは戦後初めてではないかというくらい、ロシアとの関係を切りに行く動きをしてしまっています。この岸田内閣の選択は今後何十年かにわたって大きな禍根を残しうるのではないかと、私は懸念を感じています。もちろん制裁はかけるべきだったと思いますが、やはり窓は空けておかないといけないでしょう。その外交上の原則を日本は破っているのではないかと思うのですが、神保さんはその辺をどのようにご覧になっていますか。

神保 おっしゃる通りだと思います。ただ、日本はあのような厳しい制裁に打って出た一方で、サハリン2を通じたロシアとの交易関係は継続していて、ロシアに対して毎日多額の支払いを続けています。日本政府がそのようなミックスポリシーを意図的ないし戦略的に行っているのか、たまたまそのようなことになっているのかを私は図りかねているんですが、結果的にロシアに対してはミックスド・メッセージになっていると思います。つまり、日本が外交的には完全にアメリカの属国であることは世界の誰から見ても明らかですが、とりあえずサハリン2を通した付き合いは多少条件が悪化しても継続していたりすることで、ある種のバランスが保たれているところがあるのではないかということですね。サハリン2は日本にとって死活問題と言ってもいいものなので、実際に日本にどんな選択肢があるかは疑問ですが、もしアメリカからサハリン2も放棄するように強く言われるようなことがあれば、当然その分のエネルギー源はアメリカが補填してくれるということになるのでしょう。

今回の対露制裁に限った話ではないですが、日本という国は実はそういうバランス感覚みたいなものを持ち合わせているのか、それとも別に何も考えていなくて単にやめ方を知らないだけなのか、そのあたりは少し政治学的に考察してもいいのではないかと思っています。つまり、先ほどドイツが再生可能エネルギーへのシフトにあたって原発を停止させたことの是非をめぐる議論がありましたが、その点で言えば日本は、事故を起こした当事者であるにもかかわらず、いまだに原発の利用を続けているわけです。それについては「いろんな政治的なしがらみがあって、やめるにやめられないだけでしょ」といった冷めた見方もありますが、他方で、なんだかんだ原発が動きつづけているからこそ、日本は直ちにドイツのようエネルギー不足に陥らずに済んでいるという面があることもまた事実です。それが一種のバランス感覚というか、日本人なりの深謀遠慮がうまく作用している結果なのか、それともただ優柔不断で物事のやめ方を知らないから、何でもずるずると続けてしまい、結果的にそれが時として有利に働く場合もあるというだけの話なのか、そこは問うてみても面白い気がしています。中島さんはどうお思いになりますか。

中島 私はやはり「カードを切りすぎている」という印象が拭えないですね。外交上のメッセージとしてあまりに厳しすぎたと感じますし、バランスを考えているとは率直に言って思いにくいです。サハリン2に関しても、単に他の政策との整合性を欠いているというだけで、総合的な戦略に基づいた判断だったとは思えないですね。

山崎 カードの切りすぎという印象には私もまったく同感です。むしろ、アメリカとしては中国・ロシアに依存しないサプライチェーンを作りたい意図があるから、円安にも介入しないし、対露制裁も日本国内が困るほど無理強いはしないスタンスだったわけですよね。サハリン2建設継続への黙認も含め、いわば日本に対してお目こぼしをかけていたと考えていいんだと思います。けれども岸田政権は、アメリカに忠義を示すことが政権の強化につながると判断して、本来求められていないレベルにまで踏み込んだ制裁に打って出てしまった。言ってみれば、ボンクラな秀才が先生の言うことを真に受けて余計なことまでやってしまったかのような話なんだと思います。

原発に関して言うと、原子力村の利害ももちろんある一方で、やはりプルトニウムを合成することがアメリカから与えられている役割だからやめることができないという側面も大きいでしょう。原発のメンテナンスを担っている東芝も、医療機器や半導体といった残すべき分野をファンドに買い叩かれながら、本心では切り離したい原発を抱えて沈んでいく道を辿っているわけですが、それは結局のところアメリカの支配と影響によって起きていることだと思います。ある意味では日本も実質的には専制主義国家で、エリートが管理しているわけですが、ではそのトップに君臨する独裁者は誰なのかといえばアメリカであるわけですよね。すなわち、アメリカから愛されている者が国のエリートであるという構造になっている。そう考えると、日本で今起こっていることの大枠がスムーズに理解できるような気がします。

波頭 本日もたいへん充実したディスカッションができたと思います。神保さん、皆さん、ありがとうございました。