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ネオコンとロシア:ウクライナ戦争のもう一つの視座

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

では、ISWとはいったいどのような組織なのか。

ISWは、2007年にレイセオン社とゼネラル・ダイナミックス社が資金提供をして設立された、防衛と外交政策をメインに取り扱うシンクタンクです。ご存知の方もおられるかもしれませんが、このレイセオン社とゼネラル・ダイナミックス社というのは、いずれもアメリカを代表する巨大軍需企業です。今はこの2社以外にも、ISWの出資者の中には複数の軍事産業が含まれていますが、設立時の出資者はこの2社です。レイセオンと言えば、今回の戦争で話題となったジャベリンやスティンガーミサイルなどは、いずれもレイセオンの商品です。要するに、この戦争の一番の利害当事者なわけです。まずはISWが、アメリカ軍需産業と密接な関係を持つシンクタンクであることを理解しておいてください。

そしてさらに重要なのは、このISWがどのような人々からなる機関かということです。ISWの所長を務めているのはキンバリー・ケーガンという女性なのですが、実はこのケーガンという名前は、現代アメリカの政治に多少詳しい方であれば聞いた瞬間に「ああ、あのケーガンか」とピンとくるくらいには有名な名前です。というのも、ケーガン一家はいわゆる「ネオコン」の有力者として、アメリカにおいてたいへんよく知られる一族だからです。

ネオコンとは「ネオコンサバティズム(neoconservatism)」の略語です。端的にこれは何かと言いますと、いわゆるアメリカ的な民主主義思想・政治思想を、場合によっては武力を用いてでも世界に広めていこうという思想です。ネオコンの人々は、他国との協力や合意に向けた交渉を嫌って自国の理念や国益を一方的に推進しようとする、いわゆるユニラテラリズム(日本語では「一国主義」「単独行動主義」といった訳語をあてられる)の側面を持ちます。しかも少々厄介なことに、こうした理念を、経済的な動機というよりは、宗教的とも言える情熱的なモチベーションで熱心に推し進めているところがあります。元々のルーツは、ソ連のスターリン的な共産主義に幻滅したロシア系ユダヤ人のトロツキストたちが、民主主義に宗旨替えして理想の国家や世界を建設しようとしはじめたところにあるとされています。

ネオコンの大きな特徴として挙げられるのは2つです。一つは「武力を用いてでもアメリカ的な民主主義を世界にあまねく広げていくべきである」という思想というか信念が根底にあることから、自ずと軍需産業と強い結びつきを有していること。軍需産業の側からすれば、ネオコンが政治の舵を取ることが自動的に自分たちの利益増大に直結しますし、ネオコンの側も軍需産業からお金を引っ張ってくることができるので、両者の間には相互依存的な関係が成立します。後に詳しくお話ししますが、このことはロシア – ウクライナ戦争の構造を読み解くうえでの一つの重要なポイントになると私は考えています。

そしてもう一つの特徴は、圧倒的にユダヤ系の理論家的な人々が大半を占めていることです。イェールやハーバード、MITといった名門大学の出身者が多く、その多くは修士課程はおろか大抵は博士号を持っている超エリートでもあり、理論面での修練を十二分に積んだ人たちです。彼らの主張は一見かなり荒唐無稽だったり無謀だったりするように見えますが、Ph. Dも持っていない論者が下手に彼らに正面から議論を挑もうものなら、5分で論破されて返り討ちにあうことが必至です。それほど優秀な専門家や理論家が集まっていることも、ネオコンの大きな特徴の一つです。

このネオコン勢力における現在の「スター」が、先に述べたケーガン一家ですが、キンバリー・ケーガンの義父にあたるドナルド・ケーガン(2021年に死去)は、イェール大学で教鞭を執っていた著名なネオコンの論客でした。また、キンバリーの夫のフレデリック・ケーガンは、現在AEI(アメリカン・エンタープライズ・インスティチュート)の研究員ですが、このAEIも時折日本のメディアがウクライナの戦況分析でISWを補足するかたちで引用しています。要するに我々は、ケーガン夫妻の戦況分析をもとにウクライナ戦争を理解してきたわけです。

フレデリックの兄、つまりドナルド・ケーガン教授の長男ロバートも有名なネオコン論者なのですが、最も驚くべきは、このロバートの奥さんであるビクトリア・ヌーランドは現在、アメリカ外務省で現在ウクライナ政策を担当している、現役の国務次官であることです。

こうした人々が中枢にいる組織から得た情報が、日本では客観的かつ中立的なもののようにして扱われ、戦況判断の材料としてさしたる論評もなく用いられているのです。ISWの所長がキンバリー・ケーガンであることは先にお話ししましたが、その夫であるフレデリック氏も、AEIのほうでシニアフェローを務めています。そして、これらのシンクタンクに対して出資を行っているのが、レイセオン社やゼネラル・ダイナミックス社をはじめとする軍需企業、つまり今回のロシア – ウクライナ戦争の利害当事者であるわけです。この戦争に対してお金がつぎ込まれればつぎ込まれるだけ売上が増える、そういう立場の組織から出された情報を、一も二もなく素直に受け取るべきなのか。少なくともこれらの組織の性格を考慮したうえで情報を読み解いていかないと、判断を誤る場面もありうるのではないかと、私は考えざるを得ません。