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ゲノムが変える歴史学:ペーボさんが開けた歴史の扉

キーノートスピーカー
西川伸一(生命科学評論家)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、神保哲生、團紀彦、中島岳志、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

現在にまで引き継がれる古代の遺伝子

ネアンデルタールの遺伝子の中で、現生のホモ・サピエンスに至るまでずっと維持されている遺伝子にどんなものがあるかという研究も、もうずいぶん進んでいます。

1つ例を挙げると、皮膚のケラトーシス(角化症)のなりやすさに関わる遺伝子です。ネアンデルタール人やデニソーワ人はアフリカから出てきて、その後寒いところで適応していきました。アフリカから出たホモ・サピエンスは、寒冷地に順応したネアンデルタール人やデニソーワ人が有していた遺伝子を交雑で受け継ぎ、それを維持しつづけてきたと考えられています。

それから面白いのは、煙草の中毒に関わる遺伝子です。煙草への中毒に陥りやすい人の遺伝子は、ネアンデルタール人に由来していると言われているんですね。あとは、うつ病のかかりやすさに関連する遺伝子も、ネアンデルタール人由来で存続してきているという指摘があります。うつ病に関して言うと、基本的には責任感の強い人がかかりやすいわけですが、やはりそういう人が集団の一部にはいないと集団が保たれないから、遺伝子も残りつづけたのだろうと解釈している人もいます。

ニューロダイバーシティというものを考えてみたときに、僕らと同族の人たちがどういう遺伝子を持っていたのか、そして人類はそれらを受け継ぎながらどう使ってきたのか、といった話は、普通ならなかなか実験しようのないことです。それがある意味、自然の実験としてできているとも言えるでしょう。それはずいぶん面白い話なんじゃないかと思います。

加えてもう1つ面白いお話をしておくと、いわゆる高地順応遺伝子の一種は、デニソーワ人に由来しているという説があります。高地順応遺伝子は大きくチベット型とアンデス型に分けられまして、そのうち後者は赤血球を増やすことで、標高の高い環境に順応します。しかしこちらは、脳に血栓ができるリスクなどを伴うため、きわめて危険なんですね。他方で、チベット型の高地順応は、心臓や血管そのものが高地の環境に適応して変化するため、卒中などのリスクが比較的小さく、そういう意味では望ましい順応のあり方だと言えます。そして、このチベット型の高地順応遺伝子をチベットの人たちが有していることが、いわゆる漢民族の人たちとの比較からわかったんですが、この遺伝子がデニソーワ人から来ていることがゲノムからわかったんですね。

これを受けて「デニソーワ人はチベットで栄えたのではないか?」ということを今みんな考えていて、一生懸命その痕跡を探しに行っています。シェルパの人たちも、この高地順応遺伝子を有していると考えられます。デニソーワ人のレガシーとしては最高のものとも言えるこの遺伝子を、現在はホモ・サピエンス同士で交雑して維持しているわけですね。

デニソーワ人については、まだそれほど研究も進んでいませんし、骨の全体が見つかっているわけではないから骨格もわかっていません。ただ、現代人の中でも、たとえばパプアニューギニア人の人たちは、デニソーワ人に由来する遺伝子を約6%ほど持っています。そこで、パプアニューギニアの人の遺伝子をもとに、デニソーワ人の遺伝子がどのように変化したか調べていくと、おそらくデニソーワ人は2万年前以降は、大陸ではもう完全に滅亡していた一方で、南方の島嶼では生きていたという結論になるそうです。そこからある意味いろんな人種を作ったかもしれないとなると、結構エキサイティングな話だと感じます。