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日本のメディアの構造問題とジャーナリズム

キーノートスピーカー
神保哲生(ジャーナリスト)
ディスカッション
波頭亮、島田雅彦、神保哲生、西川伸一、茂木健一郎、山崎元

ディスカッション:ジャーナリズムが存在する意義

波頭 日本のマスコミをめぐる、政治も含めた構造的問題点が、非常によく明らかになったと思います。

日本の既存メディアは現状の衰退ぶりから見て、もはや瓦解から再生するしかないというのが神保さんの率直な本音でしょうか?

神保 もちろん私は諦めたわけではありません。だから、インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』というジャーナリズムに特化したメディアを20年も続けています。

ただ、本日話した「私と同じような思いでジャーナリズムをやるべきだ」と多くの人には言いにくいものがあるのも事実です。というのは、日本で本来のジャーナリズムをやると、明らかにアンフェアな競争を強いられる、いたずらに苦労を強いられることが必至だからです。

日本で現在の利権構造がいつまで持つかは誰にもわかりませんが、これが何時までも続けば、その体制の外に出た場合、いくら素晴らしい報道記事を書いても、それほど多くの人に読んで貰えなかったり、十分に自分の能力を発揮できなかったり、あるいは正当な評価を得られない可能性があります。実際、われわれはビデオニュースを舞台に、全国放送のテレビに流れたら大騒ぎになっても不思議ではないような大きな仕事を何度もやってきましたが、まだ視聴者数も少ないので、十分に正当な評価を受けているとは言えない状況です。

時代の変革期に生きる者の宿命かもしれませんが、単純な損得で考えれば、まだまだ強いほう(既存の大手メディア側)で働いていたほうが得な状況だと思います。私自身は幕府の鎖国政策を批判して最初に捕えられた高野長英になる覚悟をして今の仕事をしていますが、他の人に同じようなコミットメントや使命感を強要することは難しいと感じることもあります。

昨今では既存の大手メディア記者の給料も一頃よりはずっと下がってきているようですが、それでもネットメディアと比べれば、われわれの方が仕事はずっと大変だし、給料もずっと安いはずです。

ただ、私はもう独立系のネットメディアを20年以上も前からやっているので、最初はまさに蟻の一穴という感じでしたが、その1穴が2穴に、2穴が3穴になり、10穴くらいになってくると、加速度的に既存の体制の瓦解が早まります。そろそろその気配が見えてきました。コロナが更にそれを加速させそうです。そう考えると、黙って瓦解を待っているだけではなく、いかに効率が悪くても、本来のジャーナリズムをしっかり貫いてくことは意味のあることだと考えています。

なぜならば、既存メディア秩序が瓦解しても、次に自然発生的にいいものが登場する保証はありません。より反動的な、もっと酷いものが出てくる可能性も十分にあります。政治の世界でも、現在の自民党体制が瓦解したら、より大衆迎合主義的な危うい新党が政権を取ってしまうことも起こりえるのと同じです。

これは単なる観念論としてではなく、現在の腐った体制が瓦解した後にどんなものが出てくるかを決定するのは、瓦解した後に何をするかではなく、その前にどこまでまともな種を蒔き、苗を育てたかによって、その後の世界に何が繁るのかが決まってくるのだと感じています。今はその時のための準備をしつつ、日々生き残りをかけた戦いを挑んでいる感じです。

記者会見オープン化の経緯

波頭 小さい新聞社を買収することで記者クラブに加盟するという話もあります。しかし、たとえばテレビ東京は株式時価総額から見て買収できる会社は多くありますが、現実には買えないということですか?

神保 そうですね。ライブドアがニッポン放送を買収しようとしたとき、もっと遡ると、ソフトバンクがマードックと組んでテレ朝株を引き受けようとしたときも、マスコミから一斉に叩かれました。政権や財界とはうまく付き合っている楽天の三木谷さんでさえ、TBSへの資本参加を断念せざるを得ませんでした。

記者クラブは日本新聞協会加盟社しか入れないという話は、もともと記者クラブ創設当時は外国記者やフリーランスは想定しておらず、単に日本共産党の機関誌の「赤旗」への対策でした。赤旗の記者を首相官邸や外務省や防衛庁や警察に入れないようにするには、政党新聞をオフリミットにする線引きとして、新聞協会加盟社に限るとするのが当時としてはもっとも合理的だったようです。そうすれば自由新報(自民党の機関誌)も社会新報(社会党の機関誌)も入れないので、フェアだろうと言えるわけです。結果的に外国の報道機関や雑誌も排除されることになってしまいましたが。

島田 鳩山政権のとき記者会見のオープン化という試みがありましたが、民主党政権は逆にマスコミに刺されてしまったような形になりました。それ以前、第一次の安倍政権もメディアに刺されたという被害意識があり、第二次安倍内閣はマスコミを逆に利用しようという転換があったそうです。

もし、また政権交代が生じたら、記者会見オープン化という同じ過ちは繰り返せないから、違う方法として、誰が来てもよい第二記者クラブを作ったらどうなるでしょうか。

神保 民主党は記者会見をオープンにしましたが、その結果、既得権益を持つ大手メディアから見ると許せない政権ということになりました。

また、オープン化の結果、新たに入ってきたネットメディアやフリーの記者は、会見に入れて貰ったから友好的な記事を書いてくれるかと言えばとんでもない。彼らは特権を授かっている御用記者ではないので、既存メディアが指摘しないような厳しい問題にどんどん突っ込んでくる。つまり民主党は記者会見をオープン化した結果、かえって厳しい批判に晒されることになってしまったわけです。

もちろんこれが当たり前の状態であり、本来はその状態であらゆる批判に耐えられるような政権運営をしなければならないのですが、何分初めての経験なので、政治家の側にも官僚の側にも、そこまでオープン化され見える化された状況下で、世論の批判に耐えうる政権運営などした経験がないわけです。

先ほどの島田さんの質問にも出た第二記者クラブですが、日本では既存のメディア、つまり日本新聞協会に加盟する記者クラブメディアと他のメディアが分断されてきた歴史があるので、いきなりこれが何かを一緒に作るのは極めて難しいでしょう。既存のメディア側も、フリーやネットメディアなんかと一緒にできるかとの思いが強いでしょうし、フリーやネット側にも、あれだけ嫌がらせをうけてきた既存のメディアと一緒にやるのは無理と感じる人も多いかもしれません。

強いて言えば、後者の方は何とかなるかもれませんが、前者、つまり既存のメディアの記者達は、選民意識や特権意識が強すぎる上、恐らく自分たちでそれを自覚していないので、既存のメディアがそれ以外のメディアと歩調を合わせるのは、非常に困難なように思います。彼らは自分たちが他のメディアのアクセスを妨げることで加害者になっているという自覚がないため、なぜフリーやネットメディアの自分たちに対する当たりがきついのかが理解できていないところがあるように思います。だから、彼らから見るとフリーは訳もなくやたら自分たちに敵対的な人たちという印象なんじゃないかな。

島田 政府による一種の検閲があるから分断されていると。

神保 そうです。そこが鍵になっていて、やはりアメリカのように、メディア側が自助組織として物事を決めていくことが必要です。

たとえば、放送内容の是非については民間のBPO(放送倫理・番組向上機構)がするのであって、政府に放送法に基づいて審査する権限を与えてはいけないのと同じです。あくまでメディア側が是非の見解を打ち出し、それなりの措置を取らせるようにしないと、どうしても政府が入ってきてしまいます。

島田 そこでマスコミ側がフェイクニュースを出すような人は排除するわけですね。

神保 そうです。しかし、そういう民間の団体設立を誰が打ち出すのか。ネットメディアと既存メディアの分断が進みすぎてしまっていて、残念なことに打ち出す主体がいまのところありません。